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ストーリー

私が白杖を持ち始めたきっかけ

白杖を使って歩く渡辺さんを背後の足元から撮影した画像

視覚障害のある皆さんは、白杖をお使いでしょうか?
私は、障害者手帳を取得してから白杖を使用し始めるまでには少し時間がかかりました。
理由はいくつかありますが、最も大きく影響したのが障害を受け入れるという点でした。
そんな私が白杖を持とうと決心した出来事や、実際に白杖を持って感じたことをお伝えします。

白杖を持つことへの抵抗感

私は、1型糖尿病の糖尿病性網膜症による中途視覚障害者です。
ある日、自分の目に異常があることに気付き、慌てて眼科にかかりましたが、すでに重度の視力障害と視野障害になっていました。
その後、症状はどんどん進み、身体障害者手帳を取得することに。
手帳を取った時、まだIT関係の自営業者として仕事をしており、廃業に向けての最後の仕事に取りかかっていました。
白杖を持つ勇気が出なかったのは、取引先の担当者に自分が視覚障害者であることが知られてしまったら仕事に影響してしまうのではないかという心配と、それ以上に自分自身が障害者であることを認めたくないという気持ちが大きかったからです。

きっかけは突然に

自営業者としての最後の仕事を無事に終え、毎日の仕事に追われることもなく、血糖値コントロールのための散歩を日課としてこなす生活を始めていたある日。
普段利用している最寄り駅の階段を降りようとした時に、一瞬足元が見えにくく、立ち止まってしまいました。
すると後ろから来ていた人が私にぶつかってしまい、私だけが踊り場までの十数段転げ落ちました。
幸い、相手の方は無事で、私も奇跡的に大きな怪我はなく打撲程度で済みましたが、転落する瞬間「死ぬかもしれない!」という恐怖に襲われたことを今でもよく覚えています。
そしてこの事故をきっかけに「白杖を持とう」と決心することになるのです。

下り階段の手前で手すりを持って立ち止まる渡辺さん

決心したものの

転落事故をきっかけに折り畳み式の白杖をカバンに入れて持ち歩くようになりましたが、白杖を常に使用する勇気はなかなか出ません。
あの転落を思い出すと怖くなって時には白杖を出して使ってみる、慣れた場所や明るい場所では白杖を畳んでカバンにしまう、ということを繰り返していました。
メンタルの状態やその日その時の目の状態によって、白杖を使ったり使わなかったりしていたわけです。

カバンの中にしまっている折り畳み式の白杖の画像
カバンにしまったまま使わないこともしばしばあった

背中を押された出来事

そんな毎日を過ごしていたある日、事件が起きました。
天気は快晴で目の状態も比較的良かったので、白杖を出さずにいつもの散歩コースをゆっくり歩いていた時のことです。
ベビーカーを押した女性が前方から歩いてきたので、私は道の端のほうに寄ってゆっくり進みました。

すると、突然「だめ!危ない!」と言う大きな声とともに、膝のあたりに何かがぶつかりました。
そう、ベビーカーを押すお母さんと一緒に小さなお子さんが歩いていたのです。

とっさのことに避けることができなかった私は、そのままお子さんを転ばしてしまいます。
動揺しつつ、まずは謝罪しました。
そして、お子さんに怪我がなかったことを確認し、自分が目に障害があることを説明しました。
自分自身の葛藤が原因で白杖をなかなか使うことができないことも伝えて、とにかく平謝り。
結果、とても理解のある親切な方でお許しを得ることができました。
いろいろと私の心配までしてくださり、ありがたさと申し訳なさが入り混じった複雑な心境でした。

この小さな事故が、「これからは白杖を持たなければ」と本格的に決心させる出来事となったのです。

親子連れとすれ違う渡辺さんを背後から撮影した画像
周りの人の安全のためにも白杖は欠かせない

白杖を持つのは何のため?

この事故をきっかけに白杖に対する考え方が大きく変わりました。
それまでは、自分自身の都合で白杖を使ったり使わなかったりしていたわけですが、白杖を使用することで「周りの人により早く気づいてもらう」「周りの人にも怪我をさせない」ということの大切さを知ったのです。
運よく今回はお子さんに怪我をさせることはなかったものの、1つ間違えれば他人に大きな怪我をさせたり重大な事故につながっていた可能性もあります。

白杖には、足元を探って段差や障害物などの情報を収集するという目的と同時に、「視覚障害者であることを周りに知らせる」という役割もあることをご存知でしょうか?
そうすることで視覚障害者本人が気づいていない危険を教えてもらえたり、様々な配慮を受けられる場合があります。
実際、私が白杖を使い始めると人にぶつかることも減り、周りの人達はみんな優しくしてくれます。
時には、ジロジロと見られていたり、心無い言葉が聞こえる時もありますが、良いことの方が圧倒的に多いです。
これまで色々と悩んだり、白杖を持たない理由をあれこれ考えていたことがバカバカしく思い、「もっと早く使えば良かった」と思いました。

座った足の間に白杖を立てている渡辺さん目線の画像
本格的に白杖デビューした日の私

とにかくまず白杖を

こうして私は白杖を持つ理由を得たわけですが、考え方はいろいろあると思います。
何かをきっかけに白杖を使うことに抵抗がなくなった方ばかりではなく、いまだに白杖を使用する勇気が持てないという方も少なくはないと思います。

自分自身の中での葛藤というのは、他人にはなかなか理解されずとても苦しいものです。
私自身も多くの葛藤がありましたが、私の場合、障害を受け入れる1番大きなきっかけが白杖を使うということでした。

「言うのは簡単だ。」と怒られてしまうかもしれませんが、まずは少しずつでもいいので白杖を使い始めてみませんか?
勇気を持って一歩踏み出すことで、周りの世界がより身近に感じられるかもしれません。

折り畳み式の白杖を手に持つ画像
初めて購入した白杖

視覚障害者ができることとやるべきこと

白杖を持って外出していると、人の優しさに触れることになります。
街中で「何かお手伝いしましょうか?」と声をかけてくださったり、お店ではドアを開けてくださったり、親切な方がたくさんいます。
自分一人で何とかできることもありますが、こうした気遣いは大変ありがたく嬉しいものです。

普段何かをやってもらうことが多い我々ですが、「自分たちにも何かできないか?」「やるべきことはないか?」と考えてみました。
今は、多くの方から受ける親切に対して、気持ちよく「ありがとう」の言葉を返すように心がけています。
当たり前の行動ですが、こうした一言でお互いが温かい気持ちになると思うからです。

他人を危険に巻き込まないためにも白杖を使用して、人の優しさにきちんとお礼を伝えることが我々当事者ができる配慮かなと感じています。

白杖を持って立つ渡辺さんを足元だけ撮影した画像
普段は折り畳めない直杖を愛用している

白杖とわたし

白杖を使用するまでにずいぶんな葛藤があった私ですが、今では躊躇なく使用できています。

もちろん白杖を使用してるからといって、全ての事故が防げるわけではありません。
むしろ、白杖に足を引っ掛けて歩行者を転倒させてしまう場合すらあります。
それでも白杖を持たずに歩くよりは、はるかに多くのトラブルを回避できている実感があります。

この記事を書きながら、改めて色々な感情を思い出しました。「自分が視覚障害者である」ということを認める「白杖を持つ」という大きな山を超えることができた過去の自分にささやかながら拍手を送りたいと思います。

白杖を買うためには?

白杖は、身長や見え方、歩き方の特徴等によって、最適なものが変わります。
近隣の視覚障害者支援施設で現物を手に取りながら、歩行訓練士等に相談して購入することをおすすめします。
各地で開催される視覚障害者向け機器の展示会などでも白杖のメーカーや販売者のブースがあれば、現物を触ったり色々と相談できることもあります。
近くにそういった施設がない場合は、歩行訓練士が在籍している施設等に電話で相談してみるのも良いかと思います。

白杖を並べて撮影した画像
様々な長さ・タイプの白杖、折り畳み式や直杖を使い分ける

筆者おすすめの通販サイト

歩行訓練士も在籍しており、自分にあった白杖を選ぶことができます。

日本点字図書館 『わくわく用具ショップ』
電話:03-3209-0751
Eメール:yougu@nittento.or.jp

この記事を書いたライター

渡辺敏之

1970年神奈川県生まれ。IT関係の自営業をしていたが糖尿病網膜症により、44歳で身体障害者手帳を取得。自分の経験を生かしてロービジョンや白杖に対する啓発活動を行うため、はくたんストラップ制作委員会を発足し、非営利で活動する。防災士。

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