こんにちは。運営メンバーの植松 那波です。
Spotliteでは、12月初旬に映画の音声ガイドアプリ「HELLO! MOVIE」を使用した映画鑑賞のお出かけレポート記事を公開しました。
今回は、「HELLO! MOVIE」を開発し、音の新たな可能性を広げているエヴィクサー株式会社(以下、エヴィクサー)の社員の皆様にインタビューを行いました。
アプリの使い方や映画鑑賞の流れは、以前の記事をご覧ください。
https://spot-lite.jp/wp-main/hello-movie/
インタビューにご協力いただいたのは、写真左から、
事業本部 研究開発部 部長
徳永 和則(とくなが かずのり)さん
事業本部 研究開発部
坂元 風楽(さかもと ふうが)さん
営業部 部長
那須 猛士(なす たけし)さん
の3名です。(※以下、敬称略とさせていただきます)
それではここから、「HELLO! MOVIE」が生まれた経緯や、エヴィクサーが目指す社会を深堀りしていきます。新しいサービスを生み出し、丁寧に社会へ届ける過程にはたくさんのヒントがありました。
インタビュー
貞子の怖さを増大させた音響通信技術
-「HELLO! MOVIE」アプリが生まれた経緯を教えてください
【徳永】「HELLO! MOVIE」アプリは、2020年2月10日にリリースしました。
経緯として、2013年に映画会社の担当者から「未来に向けて、新たな映画の楽しみ方を考えたい。御社の音響通信技術が使えるのではないか」と声をいただき、技術提供を行ったことからお話しします。
具体的には、『貞子3D2』をスマホのアプリを起動して映画館で鑑賞すると、本編に連動した様々な呪いが次々に襲い掛かる「スマ4D」というサービスです。映画の常識を変えた、前代未聞の鑑賞スタイルになりました。スマホが呪われるというコンセプトでもあったので、神社でお祓いもしてもらいましたね(笑)
【坂元】私は入社する前だったので、実際に制作に関わってはいませんが「スマ4D」の宣伝映像はとても怖そうでした。映画に合わせてスマホが突然光ったり、メッセージが届いたり、怖い画像が3Dで表示されたりしていました。
【徳永】そもそも「どうやってスマホと連動しているの?音響通信技術ってどういうこと?」と思われますよね。
まず、映画館のスピーカーから出る音をスマホなどのマイクがあるデバイスで受け取ります。そうすると、それぞれの音に埋め込まれた情報に合わせてデバイスが反応する仕組みです。私達は、この技術のことを「音に別の意味を持たせることができる」というように捉えています。同期性の早さも特徴で、0.1秒以下で情報を受け取れるため、リアルタイムの音声ガイドでも速く正確に届けることができます。
この『貞子3D2』の取り組みが、映画の新しい鑑賞方法としてメディアで紹介されました。反響は大きく、クリエイティブ関係の賞も受賞することができました。映画業界としては、館内でスマホを使うため、盗聴等の心配もあったのですが、新しい取り組みとしての評価が高く、映画業界に限らず、問い合わせを多くいただくきっかけとなりました。
映画以外では、テレビ放送や商業施設など環境に合わせて自社で技術を開発し、様々なアルゴリズムを作成してきました。
-そこからどのように「HELLO! MOVIE」アプリの開発につながっていったのでしょうか?
【徳永】科学未来館で行われたイベントで『貞子3D2』を取り上げていただきました。そこで、弊社の技術開発の先駆者である鈴木 久晴(すずき ひさはる)(現 取締役執行役員COO兼CTO)が登壇し、開発の経緯などをお話ししました。
その時の聴講者に、「HELLO! MOVIE」開発のキーパーソンになる「特定非営利活動法人メディア・アクセス・サポートセンター(略称:MASC)」理事の川野 浩二(かわの こうじ)さんがいらっしゃいました。那須は、たぶん週2回くらいの頻度で川野さんとやり取りをしていると思います。少なくとも週に1回くらいは会っていますよね?
【那須】はい、ついさっきまで会ってました(笑)
川野さんは元々、映像に関わる技術者の方です。障害者から、映画のバリアフリー対応に関する問い合わせを受けたことがきっかけで、「視覚や聴覚に障害のある方にも映画を楽しんでもらい、感動を皆のものにしたい」と、現在のNPO法人を立ち上げ、音声ガイドや字幕の普及に取り組まれています。
当時の話では、バリアフリー上映を行うためには海外の技術を活用していたため、コミュニケーション面や価格面から状況把握が難しく、大変だったそうです。そのため、私達の技術に魅力を感じて、声をかけていただきました。
それから、川野さんに間を取り持っていただくことで、障害者との接点を持つようになりました。
【徳永】様々な実験を重ねることで、これまで課題であった映画館に電波が届かないという問題や同期性の問題も解決されていきました。粘り強く課題を解決するという気持ちを大切に、最後まであきらめず挑戦しましたね。
認知向上のきっかけは音声ガイド以外だった
-開発を進める中で、大変だったことはありますか?
【徳永】これまで障害者向けのアプリを作ったことがなかったので、どうすれば使いやすいのかを社内で議論しました。「視覚障害者に実際に使ってもらって感想を聞いた方が良いのではないか」「逆に、意見を聞き過ぎてしまうと1人1人の障害の状況が様々なので、使い勝手が特定の人に寄りすぎてしまうんじゃないかと」いうように、様々な意見がありました。
その結果、まずは自分たちが簡単に使えるものを作ろうということで意見が一致し、みんなで目をつむって試しながら開発を進めました。
最初は、視覚障害者が良く利用されているスマホの読み上げ機能の使い方も分からないところからでした。読み上げ速度を速くしている視覚障害者が多いと聞いて、スピードを変えて聞くようにしました。今でもひとつひとつの映画タイトルは坂元が音声読み上げ機能で聞きやすいかどうかを調べるなど、地道な確認を続けています。
【坂元】最近では、読み上げ機能にも慣れてきました。最初は使い方が難しかったけれど、今は音声でスマホを操作できるようになりました。
私自身は、当事者の目線で考えるように意識しながらも、誰でも使いやすくするために客観的な視点も大切にしています。
【那須】実証実験などを踏まえると、開発開始からリリースまで、7年くらいかかっています。アプリを作ると決める前は、別の会社のアプリに技術提供をしていました。そんな中、作品のセキュリティを安全に守りながらサービスを提供するには、思い切って自社でアプリ開発から全部作ろうと決めたのが始まりでしたね。
最近は障害の有無に関わらずアプリを利用して下さる方が増えてきているので、より多くの方に使い勝手が良くなるよう意識しています。
-皆さんが感じている社会の変化や発見はありますか?
【那須】最近の映画は、障害をテーマにした作品や登場人物に障害のあるキャラクターの設定も増えてきているので、様々な障害の当事者から「実際に映画館で観たい」という声を耳にしています。
そのため、音声ガイドや字幕がついていないまま上映した作品に対して、配給会社に直接バリアフリー対応への要望が届くことがあり、業界の中でバリアフリー対応の優先順位が高まっているように感じています。
【徳永】一方で、映画館でスマホを触っていることに対しての批判的な内容の記事やSNSの投稿も何度か拝見しました。その多くは、スマホでゲームをしたり、メッセージを返していたりする人に対するものでした。しかし、そういう声が挙がってしまうと、視覚障害者がスマホを活用して音声ガイドを使うことにも影響が及び、使用することにためらいが出てしまいます。
そういう周囲の状況にも配慮して、スマホが光っているのが分からないように、アプリを立ち上げた後、画面を暗くする工夫をしています。
-なるほど。アプリを使わない方への配慮や相互理解も重要なのですね。
【坂元】つい最近でも、Twitterで映画館でスマホを触っているのはどうなんだという発信が拡散していました。そのコメントに「HELLO! MOVIEというアプリがあるんだよ」と返信してくださっている方がいました。こういうやり取りを見ると、応援してくださるユーザーが増えてきていることも感じています。
【那須】誤解を解消するきっかけとして、オーディオコメンタリーが大きな役割を果たしました。オーディオコメンタリーとは、音声ガイドと異なり、副音声的に出演者や監督が裏話を語るサービスで、「HELLO! MOVIE」でも数々の作品で対応しています。
オーディオコメンタリーの場合、利用者が桁違いに多いことや新しい鑑賞方法として広めたいという映画業界としてのニーズと重なり、スクリーン上で上映前に全員に告知できるようになりました。これにより、視覚障害者以外の方にも、「HELLO! MOVIE」の認知を広げることができたように思います。
共通体験は、やればやるほど人生の経験値になる
-どのような過程で音声ガイドを吹き込んでいるのですか?
【徳永】「HELLO! MOVIE」の音声ガイドは、プロのディスクライバー(音声ガイドの原稿を書きあげるライターのこと)が作っています。視覚障害者にも確認してもらいながら、何度も原稿を書き直して丁寧に作られています。作品によっては制作過程で監督などの監修も入るため、映画の裏側の説明なども反映されています。
【那須】そのため、視覚障害者以外の方から、「HELLO! MOVIE」の音声ガイドを楽しんでいるというご意見もお聞きしています。音声ガイドを聞いて鑑賞すると、場所や土地の名前が分かったり、状況が把握できたりするので違う発見があるみたいです。
【徳永】これからは、もっとたくさんのディスクライバーさんが活躍できるように、作品数を増やしていきたいですね。職業選択という意味でも、音声ガイドをきっかけに新しい市場が生まれているように感じています。まずはアプリの認知度をあげて、多くの方が活躍する場としての価値も高めていければと思います。
-障害者との接点はどのように作られているのでしょうか?
【徳永】これまでは、視覚障害者と直接会うことは少なかったです。そのため、昨年参加した同行援護従事者養成研修で視覚障害者との関わり方等を学び、気づきや気持ちの変化がありました。
具体的には、アイマスクをして街中を歩いた経験から、エスカレーターに乗れただけで喜んでいる自分に気づいたり、街を歩けて嬉しいという純粋な気持ちを感じました。視覚を閉ざして歩くことでこれまでの経験がリセットされて、当たり前にできていた行動が一つ一つできるようになるという成功体験を実感できました。
この経験を自分の仕事に置き換えたとき、この成功体験の積み重ねが「HELLO! MOVIE」でも実現できると捉えられるようになりました。
例えば、映画館で映画を鑑賞するためには、家で映画のことを計画する、観に行く相手を考える、映画館でチケットを買う等の行動が必要です。それらを実現していく中で、全てが成功体験につながります。「HELLO! MOVIE」を通して、映画を楽しむだけではなく、映画鑑賞前後の一連の価値を高めていきたいと考えています。
最近、盲学校で「HELLO! MOVIE」を活用した上映会にも力を入れています。視覚障害のある子供たちが映画館でも観られることを知る機会となり、本人から家族や友人を誘って自主的に映画館を観に行く経験につながるかもしれません。
【那須】まだ、「HELLO MOVIE!」の存在を知らずに映画館へ行ったことのない人達へもっとアプローチして、映画を楽しんでもらいたいです。
-音声ガイド以外に取り組んでいるサービスはありますか?
【徳永】代表的なものはスポーツ観戦での活用です。スタジアムから流れる音楽に合わせて、観客が持っているペンライトの色を光を変化させるものです。この取り組みでは、「全員で同じ現象をつくって盛り上がる」という体験を提供しています。このように、弊社の技術には共通体験の価値を高める可能性があると考えています。
そういえば、前回の記事で、2人で映画を観た坂元と三輪さんがどんどん仲良くなっていってました。共通体験は、1年経っても思い出話ができるくらい印象に残りますよね。やればやるほど積み重なって人生の経験値にもなっていくように思います。
【那須】他にも、映画鑑賞中に地震や火事などの災害が起きた時、緊急放送が聞こえない聴覚障害者に対して、緊急放送と連動してアプリに字幕を表示して災害を知らせるという取り組みも考えています。
世界進出!?日本の音声ガイドの技術は進んでいる
-「HELLO! MOVIE」は、これからどのような形で発展させていきたいと考えているのですか?
【徳永】海外の映画関係者から「日本は進んでいるね」と言われます。全世界でこの仕組みが使えたら、という話は社内にあがっています。
【那須】洋画のバリアフリー上映が普及できていないのは、海外の厳しい権利の問題が原因で、そこにトライしていきたいです。業界全体で取り組まなければいけないという風潮になってきているので、これを機に海外進出していきたいですね。また、映画館以外での配信やDVDにももっと対応していかなければと考えています。ただ、配給会社とパッケージの制作会社には別の権利が発生するため、難しい課題も残されています。
【徳永】当社代表の瀧川は、「HELLO! MOVIE」の世界では視覚障害者がアーリーアダプター(イノベーター理論の用語で、新しいサービスや商品を早期の段階で使うオピニオンリーダー)だと最近よく話しています。映画業界を取り巻く権利や固定観念を崩し、世界を拓いてくれる存在と捉えています。
-最後に、エヴィクサーを一言で表すとどんな会社でしょうか?
【徳永】泥んこになって遊んでいるイメージですね(笑)
自分たちの技術を社会で活かすぞという想いで泥まみれになっても気にせずに遊んでいる感じです。
【坂元】離れたくない場所です。新卒で入社した私ですが、いろいろな仕事を幅広くチャレンジできて、自分の良さを活かしてくれているように思っています。
【那須】この中では私が一番年長で、10年ほど経って改めて考えると、仲間たちが大きくなったなあと感じています。私は、泥遊びで作ったものを売ってこなきゃいけないですね(笑)
-皆さま、貴重なお話をありがとうございました。
徳永さん、那須さん、坂元さんへのインタビューはこちらで終了です。
代表取締役社長CEO 瀧川様よりメッセージ
代表取締役社長CEOの瀧川 淳(たきがわ あつし)様は、インタビュー時に出張のためご不在でしたので、メールにて創業時の思いやこれからの未来像をお聞きしました。
事業内容の変遷とともに、独自技術で社会を変えるという瀧川さんの熱い気持ちが文面から伝わってきます。ご一読ください。
-創業時は今とは違ってIT事業を行っていたと伺いました。どのようなビジネスを展開されていたのですか?
弊社を創業した2003年当時は、インターネットの常時接続サービスが開始され、駅前にYahoo! BBのADSLの申し込みを募集するテントが置かれて、どんどん一般家庭にもインターネットがつながるようになった時期でした。
そのトレンドを背景に、インターネット越しに外出先から自宅や職場のPCをリモートコントロールするSaaSを独自開発し、出張の多い業種やPCヘルプデスク向けに販売していました。
-現在の音響通信技術を展開するようになった転機は何かありましたか?
先述したリモートコントロールの事業が、MicrosoftのOS「Windows」を前提にしたソフトウェア開発に終始していたため、OSのバージョンアップの度に仕様の変更や制限を余儀なくされることや、PCのユーザーに顧客が限定されていました。
この問題意識から、もっと物理的なレイヤーで普遍的なニーズをかなえる事業に取り組みたいと考えるようになりました。そんな中、iPodやiPhoneの出現、地デジ放送の開始やYouTubeの登場で、今後あふれかえるデジタルコンテンツを「映像の検索」「音楽の検索」を行うようなサービスが必要になるのではないか、検索窓にキーボードで入力するだけでなく、スマホとして持ち歩く「マイク」がインターフェースとなる事業が面白いのではないか、と考えるようになりました。
2-3年は画像、映像、音のそれぞれの事業を模索しましたが、音の分野が最もブルーオーシャンと捉えて、ここを徹底的に掘ってみようと決めました。おおよそ2013年頃のことです。
-御社が目指す社会において、「HELLO! MOVIE」はどんな価値があるのでしょうか?
Deep Techと呼ばれる専門技術を開発先行させる経営スタイルが、根本的な価値創造を促し、経済合理性だけでは行き詰まりつつある資本主義の限界を打ち破るために必要だと考えています。
しかしながら、専門技術をお金に換えることや社会に定着させることは容易ではありません。それは、一般的に人々は生まれ育った環境を当たり前と捉えてしまい、経験したことのない事象を見逃しがちだからです。
真の意味のインクルージョンとは、利用側にマイノリティを巻き込むのではなく、障害者も企画や生産側に巻き込むことではないかと考えています。その当たり前が違う発想をもっと活かして、新しい社会を築いていければと「HELLO! MOVIE」の事業で強く思うようになりました。
-御社が目指す社会像を教えてください。
紛れもなく、エヴィクサーの音響通信技術の独自価値を教えてくれた、アーリーアダプターは障害者です。そしてその技術は他の分野にも応用され始めています。Beyond 5Gと呼ばれるような無線技術の進化で街中がインターネットに接続されるようになっても、「どうやって人間を置き去りにしないか」という課題が常に併存し、エヴィクサーの「音の信号処理」技術の出番が続いています。
「枯れた技術」と言われる分野であっても、人間や社会の根本的な課題に向き合う中で得られる気づきは時代の流れとともに変遷し、小さな結果でも共感を育むことで大きな新しい力となることを実感しています。音響分野のDeep Tech企業として、「偶然を活用して社会課題を解決する万全の準備」を示唆する事業化アプローチは今後、より一層重要性を増してくると思っています。
エヴィクサーの音響技術は、スマホの普及をベースに、映画や舞台芸術のバリアフリー上映など「視聴覚の補助と拡張」に貢献してきましたが、今後さらに進化したウェアラブルデバイスやIoTデバイスの登場をフル活用するためにも、安心・安全という価値提供を含めて、「人々をより幸せにする音のインターフェース」を実現するため自社技術を磨き続けていきたいと思います。
終わりに
3名へのインタビューの中で「会社に届くメールやSNSの声を、1つ1つ目を通して技術開発に活かしている」というお話が印象的でした。
アプリをリリースした後もたくさんの声を元に、改善を重ねているそうです。
こうした技術に真摯に向き合う姿が、世の中に新しい価値を生み出す源なのだと思いました。
是非多くの方に「HELLO! MOVIE」を活用して、新しい映画鑑賞を楽しんでいただきたいです。最後までご覧いただきありがとうございました。