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啓発

視覚障害者が「じっとしていてください」と言われたら? モヤモヤを抱えながらマジョリティのなかで働くということ

会議室で、机を囲んで笑顔で話し合っている5人の男性。4人は座っていて、ファシリテーターの大坪さんは、ホワイトボードの前に立っている。

視覚障害者は、職場で「配慮」を受けることがあります。

例えば、会議室の場面転換。長机や椅子を運ぶ場面で、ある方は「じっとしていてください」「先に戻っていてください」と言われてしまいました。職場の方々に、悪意はありません。「何かあったらよくない」と、むしろ善意でそのように言うことがあります。

しかし、視覚障害者には「自分もできるのに」と“モヤモヤ”を感じてしまう人もいるのです。

視覚障害者の方は、そのように言われてしまったとき、どう対応しますか?

視覚障害者と働く晴眼者の方は、どのように接しますか?

今回、「第2回視覚障がい当事者ビジネス実践知ワークショップ」が開催されました。主催するのは視覚障害の課題解決に取り組む国際団体である、一般財団法人インターナショナル・ブラインドフットボール・ファウンデーション(IBF Foundation)です。

全5回のうち4回目となるこの日は、さまざまな仕事をしている3名の視覚障害者が参加し、視覚障害のある運営スタッフ1名も交えて、仕事のしかたについて議論を交わしました。

公式サイト:IBF Foundation(外部リンク)

マジョリティのなかで力を発揮する

紺色のサマーセーターを着た大坪さんが、手ぶりを交えて真剣に話す様子。右手にホワイトボード用のペンを持っている。

今回のテーマは「マジョリティの中で居場所を作り、力を発揮する」です。IBF Foundoattionの理事で事務局長の大坪英太さんがファシリテーションを行います。

視覚障害者が思う存分に社会で活躍できる環境づくりには、まだまだ課題が残されているのが現状です。マジョリティの立場に基づいて学校や職場などの環境が作られることが多く、視覚障害者がそのなかで困難を感じてしまうのです。

環境を改善するための働きかけは重要です。しかし、残念ながら急には変わらない部分があるのも現実です。こうした背景を踏まえ、視覚障害者がマジョリティ寄りの環境に挑み、自ら活躍できる居場所をつくることが今回の目的です。

参考:第2回視覚障がい者向け ビジネス実践知 ワークショップ 参加者募集 | IBF Foundation(外部リンク)

椅子に座っている参加者が、笑顔で手ぶりを交えてこちらを向いて話している。背景には別の参加者二人が真剣に話し合っている様子も見える。

マイノリティだからこその視点もある

ガイダンスのあと、はじめはSWOT分析に取り組みました。SWOT分析とは、外部環境と内部環境をStrength(強み)、Weakness(弱み)、Opportunity(機会)、Threat(脅威)の4要素に整理し、分析するフレームワークのことです。まずは1人ずつがSWOT分析を行い、シェアします。

「強み」では、「目が見えていたら、こういうスタンスでテクノロジーと関われなかっただろう」と自身を振り返る方がいました。マイノリティだからこそ、テクノロジーの活かし方など、物事を晴眼者とは異なる角度から捉えることができる側面があります。また、デジタル作業での効率化、集中力や細かい部分に対する分析力があること、聞く力や対話力などのコミュニケーション能力が高いこと……といった意見も出ました。

「弱み」としては、自分から周囲に働きかけることが難しい、書くことが難しい、会場設営などの物理的な作業が難しい、といった意見が出ました。「内部障害を併発していて体力がない」といった意見も聞こえてきます。障害の重なりは、重要な観点です。

複数の困難さが重なる「インターセクショナリティ」について、Spotliteでも過去に紹介しました。

「機会」では、アクセシビリティや読書バリアフリーについて尋ねてもらえることなどが挙げられました。また、障害者の法定雇用率の上昇が続いていることもあり、企業は障害者雇用を推進しています。

「脅威」として挙げられたのが、「じっとしていてください」と言われた記事冒頭の事例です。配慮が過剰になってしまい、「大変そうだからじっとしていてください」と言われてしまうのです。また、アメリカでトランプ大統領が就任したことによるDE&Iへの風当たりの強さも脅威です。

参加者の一人が、真剣な表情で点字ディスプレイを打ち込んでいる様子。

同音異義語の難しさを、AIで解決

全員が意見を出し終わったあと、集約しながら、大坪さんのファシリテーションで対話を深めていきます。みなさんが対話をすることで、どんどん新しい発想が出てきます。

「強み」では、「物事を異なる視点から捉えることができる」という意見をもとに、「見た目で判断しない」という点も追加で挙げられました。外見のみで人を判断したり差別したりする「ルッキズム」は、昨今大きな問題として取り上げられています。そんななかで、視覚障害者の多くは見た目で判断しないため、採用のプロセスで視覚障害者を入れるチャレンジをしている企業もあるそうです。

さらに、他のマイノリティに対して関心を持ちやすくなり、マイノリティの立場で物事を考えられることなども挙げられました。

テーブルを囲んで座っている4人の参加者。笑っている人もいれば、真剣な表情の人、腕組みをしている人など、様子はそれぞれ違っている。

「弱み」では、日本語の難しさにも話題が及びます。視覚障害者が音声読み上げなどを活用して文字を扱う上で、同音異義語は理解しづらいポイントです。また、造語が出てくると、晴眼者は漢字が見えれば理解しやすくても、読み上げだけでは理解が難しくなってしまいます。「間違えてしまうかも」という恐怖心が出る、といった意見もありました。

「機会」では、AIなどのテクノロジーの進歩で、弱みをカバーしやすくなっていることも深掘りされていきました。例えば、同音異義語の難しさは、AIによってカバーできる部分もあるそうです。自分で入力した文章をAIに読み込ませ、適切に指示を出すと、文脈に合わせた漢字に直してくれるとのこと。視覚障害者ならではのAIの活用方法で、とても興味深いです。

一方で、「やっと同じラインに立っただけ」との声も聞かれました。テクノロジーで全てが解決できるわけではありません。「機会」の充足はまだまだ必要です。

今回も、参加者のおひとりが、大坪さんの書いたホワイトボードを写真に撮って、AIで読み取ろうとしていました。しかし、上手く読み取れません。なぜなら、ホワイトボードが特殊な縦長の形だったからです。横長のホワイトボードだと思い込んでいたため、写真を上手く撮れず、触ってみてはじめて縦長だったことに気がつきました。このように、テクノロジーは便利なものの、最初の段階でハードルがあるケースもあるのです。

「脅威」では、見えることを前提としたサービスが多いことや、支援される側として見られていることなどの意見がありました。目薬のボトルの形が同じであることや、業務マニュアルも見える人を前提として作られていることなどの例が追加で挙げられました。

議論に参加したsan運営スタッフ。両手の指を組んで顎のあたりにあてている。前にはノートPCがある

見えないからこそできるコミュニケーションを、仕事の成果につなげる

ワークショップの最後に、実際に働く場面を想定して、参加者同士で議論を進めていきます。

話の大きな軸になったのは、「弱みをどう捉えるか」です。

弱みを克服するためには、白杖を目立たせて自分の存在を知らせること、オフィスに歩行誘導マットを敷いて移動しやすくすることなどができます。知ってもらい、コミュニケーションを取り、環境を整えていくことで、弱みの部分を助けられやすい環境をポジティブに作りやすくなります。

今回の大きな発見は、「弱みを強みと捉える」でした。例えば、一緒に働く人のことを覚える際、視覚からの情報がないと、難しいことがあります。そんなとき、見えないからこそ各メンバーと話し合う機会を作ることができ、よりコミュニケーションを深める「機会」をつくることもできます。

会議では、あえて「今みなさんどこに座ってますか?」と聞いてみる、という方もいました。自分が視覚障害者であることをアピールしながら、名前を聞き、位置を把握しているそうです。日頃のミーティングでも、視覚障害者であることを話題に出してアイスブレイクして、障害について知ってもらいながら仕事を円滑に進める実践をしているそうです。

参加者の足元の荷物の様子。床に黒いリュックが置かれ、折り畳み式の白杖がリュックのサイドポケットに入れられている。

視覚障害者のキャリアアップを考える

視覚障害者の職業選択の幅は、広がりを見せています。

これまでも、Spotliteでは視覚障害者のさまざまなお仕事を紹介してきました。野澤さんは、「視覚障害者とエンジニアの仕事は相性が良い」と語ります。

西川さんは、MBAを取得しました。

桂福点さんは落語家として活躍しています。

ただ、晴眼者と比べて、職業選択の幅はまだまだ十分とは言えません。視覚障害者のなかには、今回参加したみなさんのように、キャリアアップを求め、実践している人が多くいるのです。

“モヤモヤ”を超え、今回のワークショップのような機会を通して、当事者の声がビジネスの世界にも広がっていくことを期待します。

交流会の様子。参加者4人と大坪さん、サポートの方一人の合計6人。お菓子や軽食、飲み物などが机に置かれ、みなさん笑顔。
セミナー終了後には、交流会が開かれました。

取材・執筆・写真撮影:遠藤光太
編集協力:ペリュトン