「視覚障害者とエンジニアの仕事は相性が良い」
そう語るのは、全盲であり、エンジニアとして働く野澤幸男さん。都内で一人暮らしをしながら、一般企業で晴眼者のメンバーと仕事をしています。
「視覚障害者とエンジニアは相性が良い」と考える理由、見えないことが強みになること、一方で就職活動が難しい現実などについて、野澤さんに話を聞きました。
視覚障害があることを忘れられ、嬉しかった体験
野澤さんは新卒でエンジニアとして働き始めて3年目。主に画面読み上げソフト(スクリーンリーダー)を使用し、仕事をしています。慣れてくると、リモートワークならではの珍しいエピソードも。
野澤さん「先日、音声通話でほかのチームの社員と仕事の相談をしていたときに、私が視覚障害者だということを忘れられていたことがありました。それは嬉しかったですね。
日常生活では、どうしても視覚障害を意識してしまい、手伝ってもらうことや手間を取らせることに対して申し訳ない気持ちになってしまうことがしばしばあります。でも今の仕事では、それを意識させないぐらいの働きができているんだと感じられた体験でした」
しかし、具体的にはどのように作業をしているのか、晴眼者には想像がつきにくいかもしれません。前回、野澤さんにはウェブのアクセシビリティについて聞きました。仮想通貨の取引をしようとすると、本人確認や「規約に同意」の工程に障壁があり、やりづらいとのこと。でも、プログラムの読み書きは、それらとは違って障壁がほとんどないそうです。
野澤さん「プログラムを読み書きする作業は、実は視覚障害による制約をほとんど受けません。なぜなら、プログラムはたいていの場合、デジタルなテキストデータだからです。
例えば、写真や絵を音声で理解することや紙に書かれたテキストを読むことは難しい場合が多いです。でも、テキストデータなら、画面読み上げソフト(スクリーンリーダー)、点字ディスプレイ、拡大機能などを使うことで、目が見えない・見えにくい状態でも読み書きしやすいんです。
しかも、プログラミングの成果物は『完成したプログラム』ですから、それが評価されるときには、視覚障害の有無はまったく関係ありません。純粋に、システム設計の手腕、プログラムを書く速度や正確性、他人の書いたプログラムを読み解く力、関係者との協調性などにより、自分の評価やスキルを上げていくことができます」
見えないことがアドバンテージにもなる
野澤さん「視覚障害があってもエンジニアはできます。私もできているし、ほかに何人も知っています。さらに、私の考えでは、視覚障害とエンジニアという職種は相性が良いと思います。
エンジニアとして一般企業に入って3年目に入り、これまで仕事を全部ひっくるめて思ったことは、『視覚障害のあるエンジニア、もっと増えればいいじゃん』ということでした」
意外に感じる方もいるかもしれませんが、視覚障害があるからこそアドバンテージを生み出せることもあると野澤さんは言います。
野澤さん「細かい書き間違いによく気がつくことはアドバンテージにもなります。画面を見ているときは、おそらくなんとなく形で判断したり、ある程度の斜め読みをしたりしているときがあると思います。そうすると、 company が comapny になっていても見落としてしまうかもしれないし、 different の r が1個多くて differrent になっていても気がつかないかもしれません。
私は、基本的に音声で聞いているので、1回読むと必ず見つけられます。特に、プログラムのなかでの書き間違いは、思わぬ不具合につながってしまう可能性もあるため、フィードバックすると喜ばれることが多いです」
視覚障害があってもエンジニアはできる。一方で、現状では課題も
視覚障害者は、あんまマッサージ・鍼・灸の仕事に就いている人や一般企業の事務補助などをしている人も多く、そのイメージを持っている方も多いでしょう。それらの仕事も大切な活躍の場ですが、一方で、職業の選択肢が増えることも大切です。
そのためには、現状では課題もあると野澤さんは言います。課題のひとつは、そもそも就職が難しいことです。
野澤さん「新卒入社の場合、エントリーのあと、コーディング試験(※)があり、面接に進むのが一般的な就職の流れです。ところが、最初のエントリーとコーディング試験には、まだまだアクセシビリティ上の課題が山積しています。
まず、エントリーをするウェブサイトがスクリーンリーダーで読み上げができなかったり、キーボードで操作できなかったりします。不正行為を防止するために、あえて画像情報を使ってテキストを読めないようにしたり、15秒程度のごく短い時間で設問に回答させたりする選考手法もあると聞きます」
※コーディング試験:実際にコードを書く問題を出し、プログラミング能力を測る試験。
野澤さん自身も、コーディング試験の途中で問題に直面しました。問題文の日本語は読めたものの、途中に出てくる数字やアルファベットが全てテキストデータではなく特殊な書式になっていたため、設問を正しく読み取ることができなかったのです。
野澤さん「私の場合は、試験中に会社へメールを送って事情を説明しました。『私は見えないことが理由でうまく試験ができなかったので落ちるかもしれないですが、今後受験する人のために改善してもらえると嬉しいです』と。すると、代替手段として面接中に問題を出して判断してもらう方法を認めてもらいました。その対応をしてもらえていなかったら、私は就職できていなかったかもしれません。そして、このような対応をしてくれる会社は非常に珍しいだろうと考えられます」
就職試験以外にも課題はあります。スクリーンリーダーを使いこなす必要があること、ショートカットキーを覚えないと非効率になってしまうこと、会社指定のツールのアクセシビリティが不十分な場合があること、など……。
これらの課題は、視覚障害者だけが考えるべきではなく、採用のチャンスを逃しているかもしれない企業や、一緒に働くことになる晴眼者など、さまざまな人が考えていきたいところです。
視覚障害者のエンジニアが少しでも増えてほしい
「視覚障害者とエンジニアの仕事は相性がいい」と教えてくれた野澤さん。今後は、視覚障害者のエンジニアがもっと増えてほしいと言います。
野澤さん「エンジニアというのは、決して楽な仕事というわけではありません。日々最新技術について勉強しなければいけませんし、いろいろな種類の意思決定を毎日求められます。ですが、そのこと自体は、見えていても見えていなくても同じことだと私は考えています。
チーム全体で同じ問題に立ち向かっているなら、チームで協力し合えばよいし、一緒に成長し続けられます。努力や工夫が必要なことはありますが、それを全部ひっくるめて、エンジニアとしてのやりがいを感じています。
この記事を読んで、『視覚障害があるけどエンジニアを目指してみようかな』『視覚障害のあるエンジニアと仕事したら楽しそうだな、採用しようかな』と思ってもらえたらいいですね。その結果、5年後・10年後に、目が見えない・見えにくいエンジニアが少しでも増えていたら、もっと最高です」
今でこそエンジニアとして活躍する野澤さんですが、はじめは音声でのパソコン操作から身につけてきました。また、システム障害の対応などでは今もまだまだ苦労することがあるとのこと。メディアに出るたびに、「それは野澤さんだからできるんでしょ」と言われてしまうこともあるそうです。
それでも今回取材を引き受けてくれたのは、「的確な情報を伝えて、視覚障害者のエンジニアがもっと増えてほしい」という思いが強かったからです。そんな野澤さんに話を聞いていると、まずは誰でもチャレンジできるよう、スタートラインに立てる環境を作ることが大切だと感じます。
この機会に「障害」と「仕事」について、みんなで考えてみませんか?