背景を選択

文字サイズ

施設・サービス

日本盲導犬協会・富士ハーネスを訪問しました。「視覚情報のサポート」という機能を超えた、盲導犬との豊かな共生を考える

盲導犬の里、富士ハーネスの様子を一枚の画像にまとめたもの。建物の外観、子犬の様子、引退した犬の様子など。

公益財団法人日本盲導犬協会の「盲導犬の里 富士ハーネス」(外部リンク)を訪ねました。

富士ハーネスは、富士山の麓にあり、日本で唯一の常時見学ができる盲導犬訓練施設です。個人の場合、予約不要で開館時間のいつでも訪れることができます。

盲導犬は、一定の条件を満たした視覚障害者が無償で貸与を受けられます。

この記事では、写真やインタビューを通して、盲導犬の一生や富士ハーネスという施設をご紹介します。

子犬の誕生から、成長して盲導犬になるまでを写真パネルで展示してある通路の様子。
壁には、見学用の展示が充実しています。
青い芝生が広がる富士ハーネスの庭の前に立つ、村野さんと奥澤さん。
丁寧に案内してくださった、広報の村野巧実さんと奥澤優花さん

盲導犬が生まれ、育ち、納骨される。命の始まりと終わりがある施設

富士ハーネスは、「命」を受け止めている施設だ、と感じました。ここには、出産施設から納骨堂までが整備されています。

まず、整備された出産施設で、盲導犬候補のパピー(子犬)たちが生まれます。生後およそ2カ月までを富士ハーネスで過ごします。

レトリバーの子犬たちの様子。5匹が床に寝ていて、1匹が職員さんの膝に抱えられて足を広げている。
生後30日ほどのパピーたち。かわいい……。
レトリバーの子犬を抱っこしながら笑顔の本岡さん。
パピーの育成を担当する本岡明音さん

パピーの時期から「Good」の声かけを始めます。「何か嬉しいときに『Good』と聞こえている」とパピーが認識していると、その行動が強化されていくそうです。また、パピーは人の手や顔を舐めたくなる特性がありますが、ここではなるべく避けて育てているとのこと。

本岡さん「この時期は甘噛みをしたり、手や顔を舐めてきたりします。そのときは、噛んでも良いものを与えるなど、できるだけ人の手や顔を舐めたり噛んだりしないようにしています。

盲導犬になってから、例えば電車に乗っていると、知らない人が『可愛いね』と手を出してくる場面があります。それをペロペロと舐めてしまうと、街には犬が苦手な人もたくさんいますし、犬が口にしない方が良いものが手についている可能性もあります。視覚障害者であるユーザーが管理することを想定し、パピーの時期から接し方を考えています」

トイレトレーニングも始まります。

本岡さん「トイレは『ワンツー』という指示語で声掛けします。生後20日ぐらいからトレーニングを始めて、ゆっくり上達していきます。

緑の人工芝がトイレスペースになっています。足裏の感覚が違うところに行くと、トイレがしたくなるように仕向けていきます。その足裏の感覚を覚えさせることによって、パピーウォーカーさんの家に行っても、人工芝を敷けば『この感覚はトイレだ』と覚えているので、移行がしやすいです」

レトリバーの黒い子犬1匹と、白い子犬2匹がくっついて寝ている。

2カ月から1歳まで預かるボランティア、パピーウォーカーの存在

生後2カ月を過ぎると、パピーたちは「パピーウォーカー」と呼ばれるボランティアの家庭に引っ越します。1歳で盲導犬としての訓練を開始するまで、パピーウォーカーが家族として過ごします。

広報の奥澤さん「まずは人が好きになること、人といると安心できることが大事で、それができる環境を作ってもらっています。そして、可能な範囲でいろんな経験をさせてほしいと伝えています。

お休みの日に海に連れて行ったり、ペットが一緒に泊まれるペンションに旅行へ行ったりするパピーウォーカーもいます。日常でも、静かな住宅街だけでなく、人通りの多い道や車通りのある道など、さまざまな環境に触れておくことが、この先の刺激の受容につながっていきます。

パピーウォーカーの方には、毎月レクチャーがあります。ご家族で参加できることがひとつの条件になっているので、車で2時間以内までのエリアの方が対象になってきます。ボランティアの方々は常に募集中で、特にパピーウォーカーになっていただける方は募集しています。

1歳になって訓練センターに戻って来るときに、お写真を必ずもらいます。みなさん、すごい力作を作ってくれて……」

パピーウォーカーと子犬の写真をコラージュにした作品がたくさん貼られている。感謝の気持ちやイラストも描かれていてカラフル。
パピーウォーカーのみなさんが撮影した写真が飾られています。

私事ですが、筆者は生後4カ月のパピーと暮らしています。パピーウォーカーのみなさんは、2カ月から1歳まで育てたあと、離れ離れになってしまうのは寂しそう……。

奥澤さん「『自分は幼稚園や小学校の先生になっているようなつもりで、次の人にバトンを渡して、元気にその犬らしく過ごしてくれるのであればいいです』とおっしゃっている方もいます。パピーウォーカーを何度もリピートされている方も多いです。

子犬が1歳になったらひとまずパピーウォーカーとしての役割は終わりますが、訓練中に面会することもできます。また、後に盲導犬として活躍するようになっても、ユーザーとパピーウォーカー双方の希望があれば、会うこともあります。年賀状のやり取りをしている方もいますね」

1歳の約1年間で、盲導犬としての訓練を実施

大きな窓があり明るい廊下で、伏せている盲導犬を前にして、手ぶりを交えて説明をする久我さん。
訓練士の久我真澄さん

1歳になり、富士ハーネスに帰ってくる犬たち。いよいよ盲導犬としての訓練が始まります。およそ1年の訓練を行い、盲導犬に向いていると判断された犬たちが、盲導犬としてデビューしていきます。

訓練士の久我さん「今、犬がちらっと私の方を見たのですが、アイコンタクトを使いすぎないように意識しています。一般のペットだと、アイコンタクトはとても大事にされていると思うのですが、盲導犬は、アイコンタクトが無くてもコミュニケーションが取れるように訓練する必要があるのです

そして、盲導犬として視覚障害者のもとに移り、街でともに暮らしていくことになります。

10歳で引退。富士ハーネスに帰ってくる犬も

マットを敷いた上に横になって眠っている、盲導犬を引退したキュエロさん。
17歳のキュエロさん。人間の年齢に換算すると、およそ90歳です。

日本盲導犬協会では、盲導犬は10歳で引退することになっています。その後は、ボランティアの家庭で暮らしたり、この富士ハーネスで過ごしたりします。
特に、医療的なケアが必要な犬、高齢の犬は富士ハーネスに集まります。「医療室」や「経過観察室」といった施設が整備されていて、地域の獣医師と連携し、職員が常駐することで24時間体制でケアを受けられるようになっています。

納骨堂には、多くの盲導犬たちが眠る

屋外にある、黒いつるつるした石の慰霊碑。左右に花立があり、箱状の石碑の左側に大きさの違う球体がひとつずつ合計2つ、埋め込まれているような形。
触ってかたちを確認できる慰霊碑。

建物の正面には、納骨堂と慰霊碑があります。視覚障害者が慰霊碑に触れて、かたちを確認することもできるように工夫されているそうです。280頭以上の犬たちが一緒に眠っています。

奥澤さん「日本盲導犬協会が関わった犬は、ユーザーやボランティアの意向がある場合、ここで眠ってもらえるようになっています。

生まれてから、盲導犬として活動し、亡くなり、そして亡くなった後も、 この富士ハーネスを拠点にして仲間たちや関わってくれた人たちとつながることができます。

納骨を希望されるユーザーやボランティアの方々の話では、『仲間たちと一緒に、生まれた場所で眠れるのが楽しいのではないか』『常時見学ができる施設なので、関わったみんながお墓参りにも自由に来られる』といった声があります」

屋外の緑豊かな中に立つ、納骨堂への案内看板。「チャーネルホーム(納骨堂)」と書かれている。
建物正面に、チャーネルホーム(納骨堂)があります。

人間と犬の共生を考えさせられる

筆者は、視覚障害のメディアであるSpotliteに関わり、多くの視覚障害者と出会いました。そして自宅では、子犬と暮らしています。

富士ハーネスを訪れてみて、盲導犬たちが愛を持って育てられ、ユーザーである視覚障害者とともに暮らし、また帰ってくる……そのサイクルを、肌身で感じることができました。

視覚障害者と盲導犬は、生きもの同士の付き合いです。当然、ユーザーとなる視覚障害者は、盲導犬の食事や排泄の世話をしなければなりません。訓練された状態で迎えるとはいえ、生きものの命を預かることの大変さは、私も身に染みてわかるところです。

盲導犬を、ただ道具的に扱うのではいけないでしょう。生半可な気持ちでは、盲導犬を利用することはできないのだと思います。

動物をめぐっては、殺処分の問題やペットショップにおける衝動買いの問題などが取り沙汰されているところです。

しかし、富士ハーネスをはじめとする日本盲導犬協会の施設、職員の方々、そしてボランティアの方々とのつながりがあれば、きっと大丈夫だと思えます。単に「視覚情報のサポート」という機能を超えて、生身の命同士のつながりが、人間と犬の一生に豊かさをもたらしてくれるのではないでしょうか。

人間と犬の理想的な共生のあり方が、ここ、富士ハーネスとその周りにあると感じます。

参考:日本盲導犬総合センター「盲導犬の里 富士ハーネス」(外部リンク)
※注:富士ハーネス見学の際、記事で紹介した全ての場所を見学できない場合があります。

取材・記事内写真撮影:遠藤光太

この記事を書いたライター

遠藤光太

1989年生まれ。ライター、編集者。26歳で自身が発達障害の当事者だと知ったことをきっかけに、障害全般、マイノリティ全般に関心を抱く。執筆分野は、社会的マイノリティ、福祉、表現、コミュニティ、スポーツなど。著書:『僕は死なない子育てをする』(創元社)。

他のおすすめ記事

この記事を書いたライター

この記事を書いたライター

遠藤光太

1989年生まれ。ライター、編集者。26歳で自身が発達障害の当事者だと知ったことをきっかけに、障害全般、マイノリティ全般に関心を抱く。執筆分野は、社会的マイノリティ、福祉、表現、コミュニティ、スポーツなど。著書:『僕は死なない子育てをする』(創元社)。

他のおすすめ記事