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ストーリー

「風を切って邁進する盲導犬歩行は、自然の力で突き進むヨットに似ている」小倉慶子さんに聞いた盲導犬とともに歩く魅力

小倉さんと盲導犬のブリスが一緒に正面を向いて写っている画像

記事の目次

記事内写真撮影:Spotlite

 

視覚障害のある人にとって、白杖歩行は一般的な歩行手段ですが、盲導犬歩行という選択肢もあります。ただ、盲導犬ユーザーではない人からすると「排泄を含めた盲導犬のケアが大変なのでは?」「盲導犬歩行は障害物を白杖を使って触ることができないので、むしろ危険なのでは?」と思うこともあるのではないでしょうか。

約10年間の白杖歩行を経て、盲導犬歩行を選び、風を切って歩く喜びを感じたとお話される小倉慶子さんに、盲導犬とともに歩くことの楽しさや実用性について伺いました。

小倉慶子さん 略歴

1959年生まれ。神奈川県在住。フリーライターとして活動していた30代半ばでサルコイドーシス病により右目を失明し、左目も合併症の緑内障と白内障となる。約10年間白杖を使った生活を送るが、2014年から盲導犬歩行を開始。現在は電話交換手の仕事に就きながら、休日は日本視覚障害者セーリング協会(JBSA)に所属し、世界大会などにも出場。江ノ島ぴっこらクラブ所属。2013年に小説「眠れない夜の夢」が日本文学館の大賞を受賞し(サピエ図書館でダウンロード可能)、今も執筆活動中。現在のパートナーの盲導犬はブリス(意味は「至福」)。

小倉さんが盲導犬のブリスと一緒に広場を歩いている画像
盲導犬のブリスと一緒に歩く小倉さん

小倉さん「30代半ばで肺や皮膚、眼に炎症が出るサルコイドーシス病という指定難病だと診断されました。20代の頃から夜になると目の見えにくさを感じていたのですが、あまり気にせずにいたんですね。そうこうしている間に病気が進行していて、診断後はすぐに入院し、投薬治療をすることになりました。この病気の影響で右目は失明し、左目は合併症の緑内障と白内障になったため手術をし、現在は光を感じる程度です」

しだいに見え方が変わっていったものの、小倉さんはあまり悲観的になることはなかったと軽やかに語る。

小倉さん「どんどん見えなくなるというよりは、症状が行きつ戻りつしていたので、なんとかなるんじゃないかと思っていたんです。ただ、見えにくいことが原因でだんだんと生活全般がままならなくなってきて……そうした時期に知人から日本点字図書館を教えてもらい、そこから神奈川県ライトセンターを紹介してもらったんです」

ここで、小倉さんにとってかけがえのない出会いがあった。

小倉さん「神奈川県ライトセンターには視覚障害者のためのクラブがあって、その中にヨット部があることを聞いたんです。高校時代にヨット部だったこともあり、早速連絡してみたところ日本視覚障害者セーリング協会(以下、JBSA)につながりました。

JBSAに入会するためにも障害者手帳がほしいと思っていたのですが、主治医から『まだ障害者手帳は取らなくて大丈夫』と言われていて、手帳取得には至っていませんでした。当時は家事と育児に奔走していてヨットどころではなかったこともあり、JBSAには一度体験会に行ってからはなかなか参加できなかったんです。ただ、ある日突然JBSAの会長から『視力が良すぎて世界大会に出場できない選手がいるので代わりに出てほしい』と電話がありまして、はじめはお断りしましたが何度か電話をいただき、最後には『日本の福祉のために』と口説き文句を頂戴して、その情熱に押されて承諾してしまいました(笑)

大会出場のために診断書が必要だったので、久しぶりに視野検査をしてみると、障害者手帳が取得できるほどの視野狭窄になっていることがわかって、主治医からも手帳申請のための診断書を書いてもらえました。この時期に白杖歩行をするようにもなりました」

小倉さんが獲得したメダルを2つ並べた画像。
障害者のスポーツ大会で獲得したメダル

障害者手帳取得、白杖歩行、世界大会出場、子育てという人生の繁忙期を一度に迎えた小倉さん。見えにくさと付き合いながら前向きに暮らしていたものの、白杖歩行での生活はうまくいかないことも多かったそうだ。

小倉さん「知人に教えてもらいながら白杖歩行をしていたのですが、恥ずかしながらなかなか上達せずにいたんです。家の近くの駐車場に入って出られなくなったり、ほんの近所でも迷子になってしまって……。そんなときに、ご近所にパピーウォーカー(盲導犬候補となる子犬を育てる人)をやっている方がいて、その方から盲導犬歩行について教えていただいたんです。でも、私は息子のおしめを替えるのも苦手な母親でしたので(笑)、犬の排泄処理をしなくてはいけないことにちょっと抵抗があったんです」

たしかに盲導犬を使うかどうかを判断するときに、排泄は迷うポイントかもしれない。そうした迷いはあったものの、盲導犬と歩く体験はその不安を凌駕するような魅力にあふれていた。

小倉さん「少しの不安はあったのですが、知人のパピーウォーカーさんから『まずは説明を聞きにこない?』と誘われて日本盲導犬協会へ行ってみたんです。実は盲導犬の育成団体によっては、全盲の方だけを申し込みの対象としているそうなのですが、この協会は全盲ではない視覚障害者も大丈夫とのことでした。

日本盲導犬協会へ行ってみると、その日はたまたま眼科医さんたちが施設見学をしており、盲導犬の歩行体験をしていました。そこへ通りかかると『試してみませんか?』と声をかけられたんです。そのとき歩いてくれた盲導犬は元気いっぱいな犬で、がんがん突き進んでいくんですね。それが怖いというよりどこか頼もしくて、こんなスムーズに歩けるの?と思いました。目が見えにくくなってから走ることがなかったんですが、犬と一緒なら走ることができるんだと思って、本当に楽しかったんです。盲導犬訓練士さんが『盲導犬には推進力があるからね』とおっしゃっていて、『そうだなあ』としみじみ感じました。

その推進力に魅了されて、本格的に盲導犬との生活を考え始め、1泊体験会に参加しました。体験会では排泄時の対応やブラシのかけ方を教えてもらったのですが、そのときに盲導犬は歩行中や建物の中など公共の場所をなるべく汚さないようにベルトと袋を使った排泄の訓練をしていることを知りました。ぜひ一度見ていただきたいのですが、盲導犬の排泄はなるべくユーザーの手を汚さなくて済むように道具を使って行うので、衛生的なんですよ」

こうして盲導犬との生活を希望するようになり、日本盲導犬協会に申し込みをして待つこと1年半。最初のパートナーとなるリルハと出会うことになる。リルハとは1ヶ月間、訓練センターで共同訓練を行った。

小倉さん「共同訓練ではスーパーでのお買い物や、バスや電車などの乗り降り、夜間の歩行など、実際の生活で想定される場面でどのように歩くかを練習します。

それから、盲導犬ユーザーの命令をあえて聞かないという訓練もやるんです。たとえば歩道の横に駐車場があり、そこから車が歩道を遮り車道へ出ようとしています。車に気がつかないユーザーは歩道を真っ直ぐ進もうとしますが、盲導犬はあえて立ち止まったまま動こうとしません。このようにユーザーに危険を知らせる場面では、命令を聞かずに止まるんです。彼らがなかなか動かないときは、ユーザーも何か危険があるんだなと理解して周囲を確認します。共同訓練は、実はユーザーの訓練でもあるんです(笑)」

盲導犬とはいえ、犬と人が関係を築くには時間が必要なのだろうか? そう思い、小倉さんに質問したところ、さらりと答えてくださった。

小倉さん「盲導犬協会ではユーザーの性格や生活環境を考慮したパートナー選びをしてくれています。よい関係が築けるかどうかも含めての1ヵ月間の共同訓練なのでしょう。先輩の盲導犬ユーザーからは『お互いを知るには2年の時間がかかるだろう』と聞いたことがありますね。

盲導犬と盲導犬ユーザーという関係を続けるためにも、節度のある関係が必要なんです。たとえば、人間だったら今日は誕生日だからといってご馳走を食べたりするけど、犬はそれがわからないのでご馳走を与えてしまうと、次の日も欲しくなって甘えが生じてしまいますよね。なので、盲導犬に餌以外を与えたりはしないんです。

一方で、彼らにも仕事の合間にリラックスしてほしいので、移動中以外はハーネスを外して自由にしてもらっています。ブリスはエネルギッシュなタイプなので、むしろはしゃいでほしくないときはハーネスを付けっぱなしのこともあります(笑)犬にも個人差があるんです」

盲導犬のブリスを正面からアップで撮影した画像
小倉さんにとって盲導犬は欠かせない存在です

初代パートナーのリルハは2019年に病で急逝し、その後は現在のパートナーとなるブリスと生活をしている小倉さん。盲導犬歩行の魅力は風を切って歩けることだという。

小倉さん「風を切って歩くと言ってもわかりにくいかもしれませんが、イメージとしてはバスに遅れそうになったとき一緒に走る感じなんです。それがヨットに乗っているときの感覚にも似ていて、そのスピード感はまさに私とブリスとのセーリング。風を切り障害物を避けて邁進する盲導犬歩行は、自然の力で突き進むヨットに近いものを感じるんです」

盲導犬歩行とヨットの推進力に通じるものがあると感じるというのは小倉さんならではの視点だが、なぜだかよくわかるような気がする。そして、盲導犬歩行にはそうした推進力以外にも実用面において魅力があるという。

小倉さん「白杖は障害物に触れることで障害物を探すという機能がありますが、盲導犬は”段差・角・障害物”という3つを教えてくれます。白杖歩行が上手な方は白杖だけでいろんな情報を得られますが、私のように白杖歩行が苦手な人はなかなか障害物などを把握することが難しいんです。そういうときに盲導犬は障害物を避けてくれるので、私は楽だなと感じます。中途失明した方などに、盲導犬歩行はいい方法かもしれないと感じます。

ただ、盲導犬はユーザーの行きたいところに黙っていても連れていってくれるのだろうと誤解している方も多いのではないでしょうか。基本はユーザーが目的地までの地図を頭にいれておいて、『ストレートゴー』『ライト』『レフト』などの指示を出すんです。彼らは障害物は避けて、段差や階段そして危険があれば止まって教えてくれるんです。この共同作業がまさにユニットなのでしょうね。

それから、盲導犬歩行は街中で人から声をかけられやすいなと感じています。とくに駅のホームでエスカレーターの位置がわからず迷っているときなどは、盲導犬が困り顔をして周りの人に視線を送っていることがあるみたいなんです。私はよく迷ったときに『犬と目が合っちゃって……何かお困りですか?』と声をかけてもらって、その方に連れて行ってもらえるというケースがあるんです。盲導犬からするとエスカレーターの位置を自分で探すよりは、人を見つけて連れて行ってもらう方が仕事を早く終えられるのでいいですよね(笑)」

最後に、盲導犬ユーザーにとって困ることや周囲の人が気づいてくれると嬉しいことなどをお聞きした。

小倉さん「そうですね。盲導犬を街で見かけたときに、目を合わせたり、話しかけたりせず、何か手伝っていただけるときには盲導犬ユーザーに話しかけてほしいんです。なぜなら、盲導犬と目を合わせてしまうと『何か用事があるのかな?』と犬が思って、そちらへ進んでしまうこともあるんです」

インタビューの帰り道、パートナーのブリスちゃんと歩く小倉さんの歩みは軽快で、追いつくのに必死になるほどのスピードだった。

目の見える筆者は歩くときに風を意識することはなかったが、小倉さんと出会ってから日常の中で風を意識するようになった。冬の風は鼻がキンと冷たくなること、春の風は頰を撫でるような丸みがあること、それを教えてくださった小倉さんと盲導犬歩行との出会いを忘れないようにしている。