MDSiサポート代表の井上直也さん。
視覚障害者を対象に、iPhone・iPadでVoice Over(音声読み上げ機能)の操作方法を教える出張サービスを行っています。
井上さん自身が中途の視覚障害者として感じた社会の課題や、新しいロービジョンケアの可能性、将来の夢などを伺いました。
略歴
20代後半で、視力低下を感じて病院に行くと、網膜剥離により右目の失明が分かる。その後、左目も網膜剥離を発症し32歳で全盲になる。直後に、MDSiサポートとしてVoice Overを使ったiPhone・iPadの出張サービスを開始。現在は、プライベートレッスンを続けながら、全国各地でセミナーや勉強会の講師や講演も行う。
インタビュー
ー現在のお仕事について教えて下さい。
視覚障害者の方に、Voice Overを使ったiPhone・iPadの操作方法を教えてます。首都圏や大阪を中心に出張で行っています。また、全国各地でのセミナーや勉強会の講師を務めたり、講演を行ったりすることもあります。
ーどのようなきっかけでiPhone・iPadの出張サービスを始められたのですか?
視覚障害者の就労支援施設に通っていた時、仕事を事務職かマッサージの2択から選ぶという選択肢の少なさに驚きました。
ずっと営業職や飲食店で働いていたので、フルタイムでデスクに座っていられる自信はありませんでした。一方、あんま鍼灸や理学療法士の仕事に興味はありましたが、3年間学校に通うのは経済的に難しかったのです。
「ここに自分の居場所はないかな。じゃあ、作っちゃえばいいじゃん」と思い、就労支援施設に通っている途中にiPhone・iPadのプライベートレッスンを始めて、修了する前に独立しました。
ーMDSiサポートという名前の由来は何ですか?
Mはマインド、Dはデジタル、Sサポーターの略称です。見えにくくなっても心の目、機械の目、支援者の目という3つの目があるという意味です。iPhone・iPadが使えると、自分と支援者の他に『第3の目』を手に入れることができます。それらを状況に合わせて、うまく使い分けられるようになることが大切です。
なぜMが先かといいますと、大事なのは機械じゃなくて心、最後に頼るべきは自分の心だと思うからです。
ー音声パソコンやAndroidなどの様々な選択肢がある中で、iPhone・iPadを専門にされているのには何か理由があるのでしょうか?
まず、AndroidとiPhone・iPadの違いについてです。私が活動を始めた当初は、iPhone・iPadに内蔵されているVoiceOverが視覚障害者にとって使いやすいと感じていました。
現在は、AndroidのTalkBackという音声読み上げ機能も使いやすくなっていますが、アプリはiPhone・iPadにしか対応していないものも多くあります。
また、パソコンとスマートフォンはうまく使い分けるのが理想だと思いますが、「ポケットの中に第3の目を入れられる」という点で、スマートフォンの方が便利だと思います。そのような理由から、iPhone・iPadを専門にしています。
ー井上さんが指導する中で大切にしていることを教えて下さい。
私の意識では、指導するというよりカウンセリングを行うという気持ちで関わっています。その結果、最終到達点が「iPhoneを頑張りましょう」でなくてもいいのです。例えば、他の音声パソコンを教えている団体や就労施設、場合によっては役所で必要な手続きを勧めることもあります。私は、iPhone・iPadの指導にはこだわらず、創業当時から「デジタルロービジョンケア」という考え方を提唱しています。
ー井上さんが提唱するデジタルロービジョンケアとは、どういうものでしょうか?
視覚障害者に対して、便利なデジタル製品やアプリを起点として、見えない、見えにくくても情報を集める手段はたくさんあることを伝えることです。
ロービジョンケアを行う病院は増えてきましたが、診療時間内に必要な情報を全てお伝えするのは難しいため、私のような人間が補っていく必要があると考えています。
ー井上さんがデジタルロービジョンケアを行う強みは何でしょうか?
病院の中にはない、視覚障害者のリアルがあることだと思います。視覚障害者には、視覚障害者同士でしか言い合えないこともありますよね。
何かを教える前には、その人と信頼関係を築かなければいけません。私は、自分が中途で視覚障害になった経験から、まずは相手の気持ちを理解するように心がけています。
ー具体的に病院と連携されている事例はあるのですか?
月2回、神戸アイセンター病院にて、視覚障害者向けにiPhone・iPadの体験相談会を行っています。
僕が入院患者さんに指導することもありますが、それは一般的な病院ではできないことです。なぜなら、病院では医師や看護師以外が患者さんの身体に触れることは禁止されているからです。
そこで、神戸アイセンター病院では隣接するビジョンパークという福祉の現場で私が指導しています。医療と福祉の制度をそれぞれ理解した上で、このような例が全国で増えればいいですね。
ーiPhone・iPadを指導される方の中で、難しい点はありますか?
もちろん様々な方がいますので、最初からやる気がある方ばかりでもないんですよね。できない理由ばかりを並べたり、自分の生活は最低限でいいんだという方もいます。
私が彼らに素直に話を聞いてもらえるツールが、iPhone・iPadでした。「私は、これを持っていると元気になれる。元気のコツを聞いてみません?」と言うと少し興味を持ってくれることもあります。
ーそれほど興味がない方にも粘り強く関わられるのには、どのような思いがあるのでしょうか?
中途視覚障害者が、見えなくなる過程で置いてきた色々な欲を少しでも思い出してほしいのです。
例えば、「見えないから映画を観に行くのはこれで最後だな」という方がいるとします。そして、映画はDVDで十分だと思えば、外に出なくなります。でも、映画館で誰かと一緒にポップコーンを食べながら観る楽しさもあるかもしれません。そう思えたら、外出する方法を考えてみようかな、服も買わなければ、というように色々な楽しみができます。今までに諦めてきた気持ちを少しでも思い出してもらえると嬉しいです。
ーなぜ、そこまで親身になって寄り添うことができるのでしょうか。
私が失明したときのことを振り返ってみると、病院では治療法がなく、周りに相談できる人もおらず、非常に寂しかった記憶があります。視覚障害になってやっとの思いで私にたどり着いた人に「私、iPhone・iPad以外教えられないので」と言うと、その人を見捨てることになります。
私との関わりがなくなれば社会との接点が切れてしまう人もいるでしょう。「そういう人を作らないぞ」という気持ちは常に持っています。
ーiPhone・iPadのアプリや性能はこれからどのように発展すると思いますか?
最近、様々な機能が内蔵された複合型のアプリが増えてきていますよね。1つのアプリで、文字、お札、色、ものの名前、全て分かるというものです。
一方、それぞれの機能に特化した専用のアプリは細かい機能が優れている場合もあります。これはデパートと八百屋みたいなもので、それぞれの良さがあります。
さらに今後は、現在アプリでしか利用できない機能が、既存の製品の中に内蔵されていくのではないかと思っています。
ーそうなると更に便利になりますね。現在、井上さんがよく使っているアプリはありますか?
Be My Eyes(ビーマイアイズ)です。今までは家族の目か、ヘルパーの目しかなかったところに、他人の目という新しいチャンネルができました。気軽に人の目を借りることができると、ちょっとした困りごとを解決する時に役立ちます。
ただ、Be My Eyesで横断歩道を渡ったり目的地を探そうとしたことがありますが、とても危険でうまく利用できませんでした(笑)
そこには歩行訓練士などの専門性が必要です。生活訓練の中でもテクノロジーと人の専門性を融合させた指導を模索していきたいですね。どれだけテクノロジーが発展しても、視覚障害者の支援においては人の専門性が必要な部分は残ると思っています。
ーこれまで教えた人の中で、印象的な人はいましたか?
全盲の90歳のおばあちゃんに教えたことです。娘さんからiPadを渡されたが一向に関心はないという状況で私のところに相談に来られました。
まずはiPadのことは置いておいて好きなことを聞いていくと、クラシック音楽が好きということが分かりました。そこで、iPadのアイコンを全て消して、クラシック音楽が聞ける無料サービスの操作方法だけを練習しました。
それから、メールの返信や天気の確認を練習して、iPadの画面の中に、アイコンが少しずつ増えていきました。
ー画面の中にアイコンが増えていくことで自分のできることが実感でき、やる気が出そうですね。
最終的には、OCR(手書きの文字や印刷された文字を読み取って電子テキスト化する)機能も使えるようになって、病院で看護師さんが書類を呼んでくれようとした時に、iPadを出して音声で読み上げさせたそうです。看護師さんは腰を抜かして驚いたとおっしゃっていましたね。
私は、「誰かが読んでくれている時は、お願いしてもいいんだよ。その方が楽だし、得することもあるよ」と言うと、「だって見せたかったんだもん」と返されました。場面ごとの使い分けについてはともかく、そこまでできるようになったことには私も驚きました。
ー井上さんがこれから新しく取り組みたいことはありますか?
今、日本中でiPhone・iPadの知識がある人はたくさんいますが、視覚障害者に正しく操作方法を教えることができる人は、非常に少ないのが現状です。
これからは、視覚障害者にiPhone・iPadを指導する人たちで組織を作ったり、メソッドを共有したりして、指導者育成に取り組んでいきたいと思います。
ーMDSiサポートとしては将来どのような形を目指しているのですか?
現在は任意団体で活動しているのですが、1番の理想はこのまま仕事が軌道に乗って法人格を取ることです。
もう1つは、その過程で、企業からヘッドハンティングされるのもいいかなと考えています。自分の得意なことを伸ばして、企業がそれを認めて採用するという事例ができれば、視覚障害者の就職活動の新たな指針になれますよね。
ー井上さんのような方が全国で増えると、視覚障害者の職業の選択肢が増えるかもしれませんね。
そうですね。盲学校で講演をしたり講習会を行うことがあります。その時、「将来何になりたい?」と聞くと、中学生くらいまでは健常者と変わらない色々な夢を教えてくれます。でも、高校生くらいになると「僕はマッサージ師かな?」と、急に現実的な答えが増えてきます。
現状の仕事から選ぶのではなくて、「見えない自分がケーキ屋さんになるにはどうすればいいかな?」というように、自分の好きなことや得意なことをベースに考えられるような社会にしていきたいです。いずれ、視覚障害者仕事研究所みたいな活動もできれば面白いですね。
ー仕事も含めて、視覚障害者の生活はこれからどうなるのが理想だと思いますか?
今日より明日がよかったらいい、それの積み重ねだと思います。先端医療やテクノロジーが、5年後、10年後どうなっているかは分かりません。おそらく、私がイメージしたものを上回っているでしょう。未来に期待しつつ、今少しでも悩みや苦しみがあるのであれば、それを少しでも和らげられればいいなと思っています。
ーそのために必要なこととは何でしょうか?
例えば、私がiPhone・iPadの使い方をお伝えした方が、自分が所属するコミュニティの中で教える立場になったとします。そこで生徒の方から、「あなたはどうやって立ち直れたの?」と聞かれた時、「私も井上さんに助けてもらってさ」というように、正の連鎖が増えることが大切だと思っています。私が教えた人は、私にお礼をしなくていいのでこれから関わる人に自分の経験を伝えてほしいのです。
実際、私がサービスを始めた頃にiPhoneを教えた方が、地域で視覚障害者同士の交流会を立ち上げて活動されています。それが1つの目指す形です。
ー井上さんから先の拡がりは想像できない分、色々な可能性がありそうですね。
はい、だから結局、アプリの使い方なんてどうでもいいんですよね(笑)
iPhone・iPadはたまたま私が得意だっただけ。自分のやりたい道が他にあるのなら、それを見つけるのがベストです。これからもデジタルロービジョンケアで視覚障害者のいい連鎖を生み出したいです。
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※現在は首都圏と大阪が中心ですが、詳細はお問い合わせください。
メール:i.nao-sumie42@i.softbank.jp