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ストーリー

全盲の私が同じ街に10年住んで気づいた地域のチカラ

バーでバーテンダーと常連さんと一緒に記念撮影をするはじさん

こんにちは、寺西一です。(写真左から2人目)

私は生まれつきのロービジョンで、14歳の時、完全に視力を失いました。
盲学校を経て一般大学に進学。現在はNPO法人で働いています。

そんな私は、今の街に住み始めて今年で10年目です。
街の人と家族のように関わる中で気づいた地域のチカラについてお伝えしたいと思います。

決め手は大学に近いから

突然ですが、みなさんは地元に行きつけのお店がありますか?

最近、核家族化が進み、孤独死が社会問題になるなど、人のつながりは明らかに減っています。
そんな時代だからこそ、地域の中での交流が大切だと感じています。

私が今の場所に住み始めたのは、大学に入学した18歳の時です。
家を決めた理由は大学に近いから。
当時、自分が住む街に特別な感情はありませんでした。各駅停車しか止まらない小さな駅は、必要なお店がまとまっていて人も多くない、ちょうどいいサイズ感だなと思っていた程度です。

4年後、大学生活が終わり、就職が決まりました。勤務先までは片道約1時間の道のりです。
しかし、引っ越すお金も余裕もなく、同じ場所から通うことにしました。

社会人1年目の誕生日に

私が地元の皆さんとつながるようになったきっかけは1軒のバーでした。
社会人1年目の5月、誕生日での出来事です。仕事を終えた私は、特に予定もなく帰路についていました。
しかし、「せっかくの誕生日なのにこのまま家に帰るのも寂しいな。どこかお店に寄っていこう。」と、近くのバーに行くことにしました。
大学時代に友人と何度か行ったことがあったお店です。
バーテンダーに今日が誕生日だという話をすると、おしゃれなシャンパンを空けてくれました。たとえ商売だとしても、「優しい人もいるもんだな。バーって楽しいな。」と思い、通うようになりました。
それでも頻度は月に2回程度。たまに顔を出すくらいでした。

お客さんとつながる楽しさ

普段はバーテンダーと話をして帰るだけだったのですが、ある日、お客さんと話をすることになったのです。
トレーラーの運転手をしている常連のおじさんでした。バーテンダーがうまく話題を振ってくれて、自然に話が弾みます。
お客さんと話をする楽しさに目覚めた瞬間でした。
それからバーに通う頻度が自然と多くなっていきました。

バーでは本当に色々な人に出会います。特に印象的だったのは、アパレル店で働く20代のAさんです。Aさんは、しばらく私のことを全盲だと思っていなかったのです。
5回くらい会った時、一緒に外を歩く機会があり、その時初めて「あ、本当に見えてないんだね。」と思ったそうです。

そう言われると、お店の中では基本的におじゃべりするだけなので、私自身も視覚障害者ゆえの困難はほとんどないのです。
視覚障害の有無に関わらず、誰でも楽しめる場所の1つがバーなのかもしれません。

駅の前で立つ笑顔のはじさん

自分の居場所があるということ

「ただお店で酒を飲んでいるだけだ。」と言われればそれまでなのですが、その先に人と人とのつながりがあるのです。
私が駅から帰っていると、いつもだいたい2~3人に声をかけられます。私が取り組んでいるブラインドサッカーの試合には10人が応援に来てくれました。

人とつながる最大のメリットは、自分の居場所が見つかることです。
人は誰でも承認欲求があります。
どんなに仕事で嫌なことがあっても、友達に裏切られても、地元に帰れば居場所がある。
「ここにいていいんだ」という安心感が、自己肯定感にもつながります。
私は、今住んでいる街を第2の故郷だと思っています。

相手に関心を持つ

たまに、「どうすればそんなに人と仲良くなれるの?」と聞かれます。
コツは、相手に関心を持つことです。
「どういう人なのかな?」「どんな仕事をしているのかな?」と思えば、自然と聞きたいことが出てきます。質問する力が身に付くのです。

逆に気を付けなければいけないのは、人間関係が想像以上に狭いことです。
どっかで悪口や苦情を言うと、すぐに広まります。色々な人と仲良くなるのはいいのですが、相手との距離感を履き違えないようにしなければなりません。

地域で居場所を作るためには、自分から色々な場所に入ってみるのが1番です。
オススメは、1人で行ける店。ショットバーやスナック、カウンターのある居酒屋などが代表例ですね。
知らないお店に入るのはちょっと…という方も多いのではないでしょうか。
でも、お店に入ってしまえば案外大丈夫。視覚障害者でご飯が上手に食べられないと思えば、事前に食事を済ませてお酒だけ飲みに行けば構いませんし、店内は暗いので少しくらい食事をこぼしても気付かれない可能性が高いです(笑)
それに、繰り返しになりますが、店内ではおしゃべりがメインなので視覚障害によるハンデは本当に少なくなります。

多様な人を受け入れる土壌ができる

私はこれから「地域に根付いている視覚障害者」が増えてほしいと感じています。たぶん、そういう人が増えていくと無知な偏見がなくなると思うからです。

もし私のことを知ってる人が他の視覚障害者と出会った時、「あ、自分の周りにも寺西がいるわ」と思えば、その人に対する気持ちのハードルは低くなるでしょう。
他の障害者に対しても同じで、身近に障害者がいると多様な人を受け入れる土壌ができる気がします。

障害の有無に関わらず、人と人が地域の中でつながり合えば、誰もが暮らしやすい社会に近づくのではないかな。
という口実を持って、今日もバーに顔を出したいと思います。飲み過ぎには気を付けなければ。

バーでシャンパンが入ったグラスが3つ並んでいる画像

略歴

寺西一(てらにし はじめ)

1990年広島県生まれ。網膜色素変性症により、14歳で失明。筑波大学附属視覚特別支援学校から一般大学を経て、現在はNPO法人で働く。東京都在住。

この記事を書いたライター

Spotlite編集部

Spotlite編集部は、編集長で歩行訓練士の高橋を中心に、視覚障害当事者、同行援護従業者、障害福祉やマイノリティの分野に精通しているライター・編集者などが協力して運営しています。

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