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ストーリー

「モットーは、できることからやる。」栗原丈英さん

横浜市で訪問マッサージの治療院を営む栗原丈英さん。普通校で感じていた劣等感を克服し、盲学校を経て理学療法士を目指すも挫折。そこから立ち直ったきっかけや障害の捉え方、さらには趣味の楽しみ方を伺いました。

略歴

1974年横浜市生まれ。高校まで普通校に在学し、一度就職するが20歳で神奈川県立平塚盲特別支援学校に入学。23歳でマッサージの資格を取得した後、筑波大学付属盲特別支援学校の理学療法学科に入学したが、中退。
30代前半で、神奈川県立ライトセンターにて 歩行訓練 と点字訓練を行う。35歳の時、横浜市立盲特別支援学校に入学し、39歳で鍼・灸・マッサージの資格を取得。自営で訪問マッサージを行いながら、同業の会社にも勤務。

インタビュー

盲学校に通ってコンプレックスがなくなる

ー眼の病気や見え方について教えてください。
私は生まれつきの弱視で、小さいころは文字を読んだり、移動することはできていました。ただ、18歳のとき、外傷性網膜剥離で左目の視力が低下してしまい、今は左目が失明しています。右目も23歳の時に網膜剥離を起こして視力が徐々に低下しました。今の見え方は手動弁です。明暗も分かるので、電気がついているかどうかや、日が差しているかどうかはわかります。ただ、日常生活では視機能は使っていません。

ー生まれつきの弱視で中学校まで普通校に通われていたとのことですが、学校ではどのような配慮があったのですか?
黒板の字を見るために、教室の席をいつも1番前にしてもらうなどの配慮はありました。ただ、クラスで席替えをしても毎回自分は同じ席にいたり、見えないことに対するコンプレックスを抱えていました。体育の授業で顔面にボールを受けるなんてこともありましたね。

ーコンプレックスがなくなるきっかけはあったのですか?
大きな転機になったのは、20歳の時平塚盲特別支援学校に入学して、寮生活を送ったことです。当時、学校の中で自分が1番見えていました。すると、周りから頼られることが多くなり、自分でもできることがたくさんあると認識できたんです。
また、全盲の友人が点字を使って勉強したり、白杖を使って一人で歩くところを見て、「見えなくてもこんな風にすれば生活できるんだ」ということを学び、自然にコンプレックスがなくなりました。

ー盲学校を卒業後、ずっとマッサージの仕事をされているのですか?
いえ、平塚盲学校を卒業した後は理学療法士になる夢を抱いて、筑波大学付属盲特別支援学校に進学しました。ただ、右目の視力が低下し墨字での学習が困難になってしまって中退したんですね…。とても落ち込んで、約3年間自宅に引きこもっていました…。
でも、まずは自分自身をリハビリしなければと思い、社会復帰するために図書館での対面朗読サービスや神奈川県ライトセンターで歩行や点字の訓練を受けました。その後、横浜市立盲特別支援学校で鍼灸の資格を所得し、訪問マッサージの仕事を始めました。

ー訪問マッサージはどのような方を対象に行っているのですか?
高齢者や障害者を中心に行っています。障害者のグループホームや老人ホームに入所されている方の他、自宅で行う方もいます。所定の診断書があれば、保険を使って安く受けられるのでぜひ主治医の先生に相談してみてくださいね。

「席空いてますよ。」のひと声がすごく助かる

ー生活する上で工夫していることや、逆にどうしてもできないことはありますか?
外出時は、歩道の両端のものを確認したり、周囲の音や飲食店の匂いを察知して、歩行しています。逆にどうしてもできないことは、ものを落としたりなくした時に探すことです。散々部屋中を探した後、すぐ目の前にあった時は泣きたくなりますね。 ものをなくさないように、なるべく決まった場所に置くように工夫しています。

ー1人でお仕事に行かれることもあると思いますが、街中でこんなサポートがあればいいいなということはありますか?
バスや電車に乗ったとき、近くの席が空いいることが分からず、ずっと立っていることがあります。そんなときは、「席空いてますよ。」とひと声かけてもらえるだけですごく助かります。また、街中で声をかけてもらえるのはありがたいのですが、後ろから声をかけられたり、服を引っ張られたり、白杖や腕をつかまれて、びっくりすることもあります。本当は身体や白杖に触れる前に、声をかけていただけるとありがたいなあと思います。

慣れた場所は白杖を使って一人で移動する

アイドル、プロレス観戦、将棋…栗原流趣味の楽しみ方

ーももいろクローバーZ(以下、ももクロ)のファンとのことですが、好きになったきっかけは何ですか?
2015年の大みそかに年越しライブをテレビで見たときに、メンバーが全力で歌って踊っている姿をみて、「すごいな!」「かっこいいな!」と。それから手に入るCDはほぼすべて買い、ファンクラブにも入ってライブに行くようになりました。

ー率直に伺いますが、見えない中でどのように楽しんでいるのですか?
メンバーの違いは声を聞けばすぐに誰か分かりますよ。 見た目以外にも個性があり、それぞれの性格も違います。そういう個性やももクロに入るまで背景を知ることで、目が見えなくてもライブを楽しめています。

ー将棋やプロレス観戦も趣味ということですが、テレビでご覧になる中で状況がわかりにくいことはないのですか?
将棋やプロレスは実況と解説があるので、だいたい必要な情報は分かります。逆に、テレビで分からないことは、バラエティー番組でのビジュアル的なリアクションですね。たとえば、おもしろい顔をしているとか、変な服装で登場したということはすぐに分かりません。後になって他の人のコメントで分かるときもありますし、最後までなぜ笑っているのかが分からないこともよくあります。お笑いの場合、2人の会話がベースの「漫才」は分かりやすい一方で、言葉に以外の演技が入る「コント」は分かりにくいというのもありますね。

ーそういう意味ではテレビよりラジオの方が視覚障害者には適しているのでしょうか?
テレビよりもラジオの方が情報が細かいのは確かだと思います。私もラジオをよく聞きます。ただ、個人的な意見かもしれませんが、ラジオの実況はちょっとおもしろみに欠けるときがあるんですよね。だから、細かな実況より解説者との会話を楽しみたくて、あえてテレビを見ることもありますよ。
また、テレビには副音声で状況を解説してくれる番組もあるのですが、それもラジオの細かい実況に似ているところがあるなあと思っています。たとえば、ドラマの副音声で「携帯を見る。」「〇〇から着信。」という解説が耳障りに感じることがあるんですよね。 状況は、前後の流れや周りの音で分かることが多くあります。「〇〇から着信」と言わなくても、着信音が鳴れば電話があって、電話に出れば誰からの着信があったかも分かります。
求めている情報は人によって違うので難しいのですが、視覚障害者が本当に分からない情報だけ伝えてくれるようになればもっと楽しめるかなと思っています。皆さんも目をつむってテレビを見ていただくと、新しい発見があるかもしれません。

ー視覚障害者が本当に分からない情報を伝えるということは、日常生活の中でも似たようなことが言えるのでしょうか?
そうですね。たとえば会話をしているとき、何も言わずに黙っていたら私はどのような状況か分かりません。バスに乗ったときによくあるのですが、「これは〇〇行きですか?」と聞いても、うなずいたり曖昧な返事をされると目が見えない私は分からないんです…。だからなるべく声に出して返事をしてほしいなと思います。これは視覚障害に関わらず、気持ちのいいコミュニケーションをするための基本なのかもしれません。
見えないということは、それ以外の感覚を研ぎ澄まして、常に意識しているということです。その中でも音や声はとても大切な手がかりになっているので、周りの状況をはっきりと声で教えてもらえるとありがたいです。

ももクロのTシャツを着てパペットを持つ栗原さん。パペットの違いは触って判断している。

まずは自分ができそうなことから

ーこれから挑戦したいことや目標を教えてください。
訪問マッサージの利用者を増やして、多くの方に鍼灸やマッサージを通して元気になってほしいです。そのために障害者施設や高齢者施設への営業活動を頑張っていきたいと思っています。また、具体的な仕事にはつながっていませんが、見えなくなることで不安を抱えている視覚障害者がいれば、自分の経験を伝えて、力になれればいいなと思っています。

ー今、不安や悩みを抱えている視覚障害者へ伝えたいことはありますか?
僕のモットーは「できることからやる。」です。筑波大学付属盲学校を中退する時に、教員から言われた言葉で、引きこもってから社会復帰をする中で辛いときはこの言葉を支えにしてきました。皆さんも、それぞれ立場や見え方は違うと思いますが、ちょっと頑張ればできそうなことから始めてほしいです。
逆に、頑張ってもできないことは諦める。なぜなら疲れるし、ストレスになってしまうからです。例えば、コンビニで買い物しているときに、ルーペで商品の文字を時間をかけて見ようとするくらいなら、店員さんに聞いた方が早いし、ストレスもありません。そのためには、白杖を持っていることも大切です。白杖を持っていれば周りの人が視覚障害であることを認識してくれるし、自分の安全性も高まるからです。抵抗がある気持ちもわかりますが、白杖を持たずに危険な目に遭うくらいなら、変なプライドは捨てて白杖を持つことをおすすめします。その上で、できることとできないことを自分で線引きすることがまずは大事かなと思います。

ーこれからの社会に必要だと思う視点を栗原さんの言葉で教えてください。
想像力と思いやりじゃないでしょうか。想像力とは、その行動をすると相手がどう思うかを考えるということです。「見えない」ということを体験したことがない方や周りに視覚障害者を関わることがない方は難しいかもしれませんが、「自分が見えなければ、何が困るかな?」ということを考えること。そして、それを行動として相手に伝えることが、思いやりだと思っています。たとえば、視覚障害者が道に迷っていそうだったら声をかけてもらえるなど、気付いたことがあれば行動に移してもらえるといいのかなと思います。

ー社会の皆さまへメッセージがあれば最後にお願いします。
もし、街中で視覚障害者に出会ったら、遠慮なく気軽に声をかけていただけると助かります。その際、もし断ることがあっても、その時は私が手助けが必要なかっただけなので不快に思わず、また再度見かけた際はお声かけください。よろしくお願いします。

お知らせ

栗原さんが代表を務める「ハートケア訪問リハビリ鍼灸マッサージ」のWebサイトはこちら

この記事を書いたライター

Spotlite編集部

Spotlite編集部は、編集長で歩行訓練士の高橋を中心に、視覚障害当事者、同行援護従業者、障害福祉やマイノリティの分野に精通しているライター・編集者などが協力して運営しています。

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