「Webでいま利用したいページがあるのに、利用できない」という人たちがいます。
野澤幸男さんは全盲です。好奇心が強く、どんどん新しいものにチャレンジするタイプ。10歳からプログラミングを始め、子ども時代から自作のゲームを海外にも販売していました。
そんな野澤さんが最近やってみたのは、仮想通貨。「Web3」「NFT」「ブロックチェーン」とさまざまな新しい言葉が聞こえてくる昨今。新しい分野に足を踏み出すときにこそ、往々にして障壁は高く、「利用したいのにできない」といった事態が起こりがちかもしれません。
仮想通貨の体験談、やってみてわかったアクセシビリティの課題について、野澤さんに詳しく聞きました。
視覚障害者が仮想通貨をやってみた
普段は、一般企業でエンジニアとして働いている野澤さん。Web上で行うプログラミングも、日常的なブラウジング(インターネット閲覧)も、主に画面読み上げソフト(スクリーンリーダー)を活用しています。
野澤さんは最近、仮想通貨に興味を持ち、やってみることにしました。
野澤さん「仮想通貨はブロックチェーンという基盤の上にあるのですが、ブロックチェーンの動きや仮想通貨との関係などは、大学時代に学んでいました。仕組み自体をおもしろいなと思っていました」
「仮想通貨で大儲け!」と投機的なイメージを持っている方も多いかもしれません。でも、野澤さんは堅実で、リスクを抑えながら楽しみます。
野澤さん「1000円を使って3000円を損することは、絶対にありません。最悪でも、使ったお金が0になるだけ。0になっても問題のない範囲の金額なら大丈夫だと思って。
儲けるつもりで仮想通貨をやるのはリスクがあるかもしれませんが、仕組みを理解するために仮想通貨をやるのは楽しいのではないかと」
本人確認ができない?
いざ、仮想通貨の売買へ。まず専用の口座を開設する必要があり、そこで最初の壁にぶつかることになりました。
野澤さん「住所やメールアドレスなどを入力すると、URLが届きます。それをクリックすると『登録完了』と“言われ”ます。そこまでは問題なくできたのですが、障壁になったのはそのあとの本人確認でした。
マイナンバーカードなどの身分証をスマホから読み取ることができませんでした。画面の枠に入れて撮影する必要があって、やってみるんですけど、全然枠に入らないんです。『(登録は)1分で完了』と言われて30分くらい頑張ったのに、一向に認識されないのでやめました」
本人確認はさまざまな場面で必要になりますが、ほとんどが視覚に頼った方法だと気付かされます。最近では、セキュリティをより高めるため、「厚み撮影」という身分証の厚みを斜めから撮影する作業が求められることも……。見えない人々にとって、大きな障壁になっています。
野澤さん「もう一つの方法が、自宅住所に紙が送付されて、簡易書留が受け取れることを証明するものでした。銀行口座の開設でもこの本人確認方法がありますね。僕はこちらを使いました。その後、届いた紙にスマホをかざして、画像の文字認識機能で、必要な情報を読み取ります。仮想通貨の口座開設はなんとかできました」
読み上げソフトが使えない?
次は、いよいよ取引です。ここでは、仮想通貨ならではの障壁がありました。
野澤さん「パソコンでログインして、取引をしようとしても、読み上げソフトでは情報をほとんど何も読み込めませんでした。読み上げソフトを使うことが想定されていないんだと思います。それに、仮想通貨は秒単位で値段が変わるのもあって、画面がグラフィカルで読み上げが厳しいようです。
元手となるお金の入金まではできたのですが、ビットコインなどを購入する段階で何も読み上げられなくなってしまって。その段階では、もしわからなければ、入れた金額をそのまま出金すれば良いので怖くは感じなかったですが。『何も言わないな、困ったな』となってしまいました」
野澤さんは、「スマホアプリを試してダメだったらやめよう」と決め、スマホで再チャレンジします。
野澤さん「購入ボタンが運良く見つかったので、取引できました。
と言うのも、ウェブで取引の方法を調べたら『右下にある購入ボタンを押す』と言われたので、アプリ内を探してみたんです。音声で購入ボタンと読み上げられていたのですが、なかなか見つからなくて。探してみると、確かに右下に、すごく小さなアイコンをなんとか見つけることができました。それ以来、『この辺を探したら見つかるかな』と指を動かして、ボタンを押していますね……。
加えて、苦労したのは『規約に同意する』ボタンにチェックできているかがわからなかったことです。『規約に同意する』の文言は読み上げできても、それがチェックボックスだと認識されなくて。規約を全部スクロールしないと同意できない仕組みの場合は特に、最初はチェックボックスが押せないようグレー表示になっていることがあります。グレー表示になっていることさえ、読み上げできないこともあるんです。全部で5〜6回、それらしい箇所をスクロールしたり押したりして、と繰り返していたらできました」
“黒魔術”を使うほど、アクセシビリティが悪くなる
野澤さんは10歳からゲームを作っていた生粋のエンジニア。彼ならではの視点で、その仕組みを教えてくれました。
野澤さん「これは仮想通貨に限った話ではなくて、画像に説明文を付けない、ボタンが画像データのままでテキストデータになっていない、などの不備はよくあります。
昔のホームページは、HTMLを使って構造化されたものだったので、僕はコードを読めば内容がわかりました。でも、最近はいろんな“黒魔術”が登場しています。つまり、基本の構造に従わなくても、良くも悪くもいろいろ作れてしまう。
例えば、チェックボックスという部品はHTMLの標準装備ですが、正直なところ、見た目はダサいらしいんですよ。そうしたこともあって、CSSやJavaScriptを使って、オリジナルのチェックボックスを実装することがよくあります。ただ、そうした“黒魔術”を使えば使うほど、読み上げが悪くなってしまう傾向があると思います。黒魔術を使っても良いのですが、使った分だけ情報を補足していかないと、読み上げソフトで読めなくなってしまいます」
今回、野澤さんはほかにも、通貨の切り替え時に読み上げがうまくいかなかったこともありました。「おそらくこのボタンでうまくいくだろう」との予測のもとにボタンを押し、次の画面で確認して「できていたんだ」と知ることができます。
野澤さん「購入ボタンが読めない・押せない、仮想通貨取引で通貨の切り替えが上手くできない・切り替わっているのかわからない、といったレベルの話は、単純に構造化の問題かなと思います」
いろいろな選択肢があれば、みんなが新しいことにチャレンジできる
視覚障害者が仮想通貨の取引をするには、アクセシビリティに大きな課題がありそうです。それでも、野澤さんは状況をポジティブに捉えています。
野澤さん「昔は銀行口座を作るときに『紙に書いて』と言われたら、100%お手上げだったんですよね。でも今は、インターネットで登録できたり、紙をスマホで読み込むことができたりします。
デジタル技術でできることは増えています。サービス提供者にアクセシビリティを確保してもらうことはもちろん大切ですが、それよりも今すぐ使わせてほしい。僕は、使ったもの勝ちだと思っています。いろんなデジタル技術を自由に使える環境にいるのだから、いろいろ試しながら楽しみたいですね」
持ち前の好奇心で、子ども時代から新しいことにチャレンジしてきた野澤さん。エンジニアとしての知見も活かしながら、さまざまな楽しみに触れていますが、視覚障害のある方々がみんな、野澤さんのようにできるわけではありません。野澤さんは最後にこう語ってくれました。
野澤さん「総合的に考えると、やり方を何かひとつに固定してしまうのではなく、いろんな選択肢があると良いと思います。私は視覚障害者だから視覚障害者のことだけを言っていますが、ほかにもいろんなニーズがあります。
いろいろなやり方を、無理のない範囲でみんなが運用してもらえたらいいなと思います」
野澤さんによると、例えばメタバース空間では読み上げソフトがほとんど読んでくれないそう。どんどん世の中を席巻していく新しいテクノロジーに誰もがアクセスできるよう、野澤さんの体験談をきっかけに、みなさんも考えてみてはいかがでしょうか。
取材・文:遠藤光太