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ストーリー

「日本人留学生に海外の視覚障害者のことを自然に知ってもらえたら嬉しいです」クレメント・チョウさん

クレメントさんが白杖を持って笑顔で立っている画像。

記事の目次

カナダに住む全盲のClement Chou(クレメント・チョウ)さん。

日本人専門の留学エージェント会社で働きながら、視覚障害者の支援をする現地のNPO法人でも活動しています。

日本語が堪能、趣味は合気道という日本通のクレメントさんに、カナダの教育や仕事など様々なお話を聞きました。

略歴

1992年、台湾人の父親とブルネイ系中国人の母親のもと、カナダのバンクーバーで生まれる。Norrie(ノリエ)病により生まれつきの全盲の視覚障害がある。現在は日本人専門の留学エージェント会社で働く。傍ら、視覚障害児や家族をサポートするNPO法人Blind Beginnings(ブラインドビギニングス)でも活動する。趣味は合気道、ゴールボール、ギター、テレビゲーム。

クレメントさんが日本の合気道の道場で記念撮影している画像。
2018年日本へ旅行に来た時、合気道の道場にて

インタビュー

ークレメントさんは、幼少期から盲学校に通われていたのですか?
私は普通校に通っていました。カナダには全国に盲学校が1校しかありません。そのため、9割くらいの視覚障害者は普通校に通っていると思います。盲学校には、視覚障害以外にも障害のある重複障害児が通うことが多いようです。


ー普通校では、視覚障害児に対してどのようなサポートがあるのですか?
担任のほか、視覚障害児を個別にサポートをしてくれる先生が定期的に学校に来てくれます。その先生は地域の視覚障害児を2~3人担当しているので、毎日いるわけではありません。視覚障害児のニーズに合わせて、サポートを受ける頻度や内容は変わります。


ーその先生からはどのようなサポートが受けられるのですか?
小学校のころは、点字を教えてくれたり、学校の教科書を注文してくれるなど様々なサポートをしてくれます。担任の先生と一緒に、授業の進め方を相談することもあります。中学校、高校と学年があがるにつれて、自分がやりたいことを相談すると「どうすればいいだろう?」と問いかけてくれて、自分でできることが増えていきます。先生からは「できないことがあれば、そばにいるよ」という雰囲気を感じていました。


ーあくまで自分でできるために必要なお手伝いをするということなのですね。
カナダは、障害の有無に関わらず同じ教育を行おうという意識がとても強いです。逆に言えば障害者へのサポートが不安定なところがあります。「どこまでが健常者と同じで、どこからが障害なのだろう」ということを皆が考えています。
日本は、障害者をサポートするシステムはすごくしっかりしていますが、障害種別ごとに学校や福祉制度が分かれていることが多いようです。それぞれにメリットとデメリットがあるのかなと思います。


ークレメントさんは普通校に通ってよかったと思いますか?

当時は大変なことがたくさんありましたが、今思えば普通校に通えて良かったと思います。自分に視覚障害があることで、周りの人に気づきを与えられたこともありました。
今は「障害があることは不幸ではない。人間はみんなに価値がある」と思っています。もし、盲学校に通っていれば、ずっと視覚障害者ばかりの世界にこもってしまって、社会に出た時に順応するのが大変だったかなと思います。

クレメントさんが友人とのハイキング中に、記念撮影している画像。
視覚障害者の友人とハイキング

ー現在は、日本人専門の留学エージェント会社で働いているとのことですが、どのような仕事なのですか?
日本からカナダに来る留学生に対して、現地で通う学校を探したり、英語を教えたり、就職支援をしたりします。カナダの文化や観光地、レストランを紹介するなど、留学生がカナダに滞在中は何でもサポートしています。留学生は、高校生と大学生が大半で社会人も少しいます。私は、友達の紹介で2013年にボランティアで始めて、2015年から正式なアルバイトとして働いています。


ー仕事をする中での難しさや工夫していることはありますか?

日本の言葉や文化が分からず始めたので、最初の1年は本当に大変でした。当時、日本語は挨拶と自己紹介くらいしかできませんでした。日本人との関わり方や礼儀も分からなかったのですが、聞くのが恥ずかしくて説明してもらいませんでした。でも、私が英語で話すと、多くの日本人が緊張して距離感が出来るのが分かりました。そこで「本当に生徒たちと仲良くなりたいのなら、日本語を話すしかないんだな」と思って日本語を勉強しました。


ー日本語はどのように勉強したのですか?

実は、幼いころからおじいちゃんに「日本語を学びなさい」と言われていました。おじいちゃんは日本が大好きで、私に買ってくれるお菓子は台湾より日本のものが多かったくらいです(笑)
父も日本の映画が好きで、小さいころから家のテレビで大河ドラマが流れていました。だから、意味は分からなくても、毎日日本語を聞くことには慣れていました。でも、私は日本人に関わることがなかったので「なんで勉強しなければいけないの?」と思っていました。


ー幼少期から日本語が身近な存在だったのですね。日本語に興味が沸くきっかけはあったのですか?

2009年におじいちゃんが亡くなりました。当時、私は高校生で日本史を勉強したり、日本のアニメにも興味が出てきていました。そこで、「僕の大好きなおじいちゃんの望みを現実にしたい」と思って、1年間独学で勉強しました。その後、日本語を話す機会はなかったのですが、ゴールボールの国際大会で日本チームの選手に挨拶すると驚かれたのが嬉しくて、今の会社に入ってから実際に話しているうちに自然と上達していきました。

ゴールボールの試合前、チームメートと集まっている画像。
地元のゴールボールチームでも活動している

ー仕事をする中でのやりがいは何ですか?
日本人に英語を教えたい、海外の視覚障害者の考えを紹介したいという気持ちがモチベーションになっています。皆さん、視覚障害者を街で見かけても、仲良くなるチャンスはほとんどないですよね。私の両親も視覚障害のことを学ぶ機会がないまま、急に視覚障害者の子どもが生まれたので、どう接したらいいか分からなかったようです。


ーまして、海外の視覚障害者と接する経験はなかなかできないことだと思います。
留学生は、もともと海外に興味を持って外国に来ているはずなので、海外の視覚障害者のことを自然に知ってもらえたらと思っています。できるだけ若いうちに、その経験を日本に持ち帰って、社会の中で活躍してほしいです。
例えば帰国後、高校教師になって視覚障害者の生徒が入学してきた時、自分と関わって学んだことを活かしてくれるといいですよね。


ークレメントさんと関わった経験は、色々な場面で活かされそうです。
そうなれば嬉しいです。ただ、視覚障害者と言えども、一人ひとり違います。私が留学生と関わる時は、「これはクレメントのやり方、考え方だよ。もし他の視覚障害者のことを知りたければ何人かから学んだほうがいいよ」と伝えています。クレメントのことを知るというより、留学生にとって一人の視覚障害者と実際に関わる機会になれば嬉しいですね。


ー留学生との関わりで、印象的だった出来事はありますか?

2年前のある留学生との出来事です。その留学生は、最初「目が見えない人にどうやって関わればいいのかな」と戸惑った様子で遠慮していました。でも、次第にどんどん話して、仲良くなりました。そして、帰国後に手紙を書いてくれました。
きれいに飾られた手書きの手紙で、「1番大切なことを教えられた人に手紙を書きました」と書かれていました。私が「メールで送ったらよかったのになんで手紙をくれたの?」と聞くと、2つの理由を教えてくれました。
1つは、直接感謝を伝えたかったこと。もう1つは、クレメントは他の友達と全く同じだから同じようにしたということでした。
最初、どれだけ障害者に対して戸惑っていても、帰国する時には健常者と同じように接してもらえる。自分の気持ちが伝わったと思って感動しました。その留学生とは今でも親友で、日本に行ったときは実家にお邪魔しています。

クレメントさんも参加した地元のハロウィンパーティーの集合写真。
仲間たちとのハロウィンパーティー

ーNPO法人Blind Beginnings(ブラインドビギニングス)ではどのような活動をしているのですか?
2008年に、全国視覚障害者連盟のメンバーだった私の先輩が立ち上げた団体です。私も設立当初から携わっています。会員は、地域の州の視覚障害者や家族が中心で、支援者にもサポートしていただいています。活動内容は、様々なプログラムを用意して、視覚障害児に体験してもらっています。例えば、ヨガ、スケート、夏には野外でキャンプを行いますし、保護者向け交流会もあります。


ー団体のビジョンは何ですか?
私たちの目標は、自分の必要性や価値を正しく周囲に伝えるということです。そのために「無制限」という言葉を大切にしています。
人間だからみんなできることには限界があります。でも、多くの障害者は、自分で限界を決めるのではなくて、周りに判断されてしまいます。私も、「目が見えないから難しいんじゃない。これはできないよね」と何度も言われました。でも、あとになってやればできるということが分かれば、後悔してしまいます。視覚障害があっても自分の限界は自分で決められると思っていますし、やってみないとできるかどうか分かりません。
例えば、コンサートをやりたいという企画が出れば、みんなで役割分担をして、自分にできることを見つけていきます。

NPO法人の野外活動で、視覚障害児と一緒にテントを設営するクレメントさんの画像。
野外活動にて子どもとテントの設営を行う

ークレメントさんは合気道が趣味だそうですが、きっかけは何だったのですか?
小さいころから武道が好きでした。父が兵役の時に学んだ護身術をいくつか教えてくれたのです。僕は生まれつきの全盲なので、自分が想像もできない動きを知ると、とても新鮮でした。最初は、剣道をやりたかったのですが、道場に見学に行くと断られてしまいました。その後、居合道を1年半やりましたが、自分で型を披露することがあまり面白くなくて辞めました。友達からは柔道を勧められたのですが、「視覚障害者はみんな柔道をやっているから、周りの人が挑戦したことのないことをやってみたい」と思って調べると、合気道が出てきました。相手の動きに合わせて相手の力を利用するということに、すぐに興味が沸きました。


ーカナダでも様々な武道が盛んに行われているのですね。
合気道は、大学に入学する前、4件の道場に問い合わせをしました。しかし、3件は断られて、1件受け入れてくれるところは家から遠くて断念しました。その後、大学生活が忙しくて忘れていたのですが、ふとした時に合気道のことを思い出して、もう1度調べてみました。すると、以前問い合わせていない道場があったので連絡すると「視覚障害者に教えたことはないけど、興味があるのなら来てみてください」と言われて、見学に行きました。


ー参加してみて、いかがでしたか?
先生は、私の母親世代の明るくエネルギッシュな女性でした。視覚障害者に対してできないという気持ちはなく、自分たちが分からないだけだという前提で心を開いて接してくれました。先生は、何でも質問してくれますし、できないとは言いません。「これはできるんじゃない?」「一緒にやってごらん?」といつも私に問いかけてくれます。真似するのが難しい技は、あとで個別に稽古する時間に教えてくれています。

カナダの道場で合気道をしているクレメントさんの画像。
合気道の道場で稽古を行うクレメントさん(右)

ーお互いの信頼関係が、楽しさにつながっているのかもしれませんね。
1度、道場の中で、手加減をしている人がいました。すると先生が「ちゃんと技を打ちなさい。本気で打たなければお互いに正しい技を習得できない」と注意しました。合気道は、相手の力を利用する武道なので、一人が手加減をすると相手の練習のためにもなりません。先生は「きれいな技をかけないのは、相手に対して失礼です。それは人生も同じです。あなたが親切にしなければ周りの人もあなたに親切にしない。相手に100%のチャンスを与えなければ、100%の可能性を出せない」と教えてくれました。合気道の先生は、私が1番尊敬する人です。


ーこれからクレメントさんがやりたいことはありますか?
自分の経験や考え方を、自分と同じ人種であるアジア人や、仕事でつながりのできた日本の若い視覚障害者に伝えたいです。
私は、今まで3回日本に行ったことがありますが、いずれも短期間の滞在でした。次は、長期間日本に行き、視覚障害者のコミュニティと繋がりたいです。視覚障害者と健常者の立場は同じはずです。そういう社会を実現する方法を一緒に考える活動がしたいと思っています。一人でも多くの皆さんとお話できるのを楽しみにしています。

この記事を書いたライター

Spotlite編集部

Spotlite編集部は、編集長で歩行訓練士の高橋を中心に、視覚障害当事者、同行援護従業者、障害福祉やマイノリティの分野に精通しているライター・編集者などが協力して運営しています。

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