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ストーリー

「白杖はこんな場所にも旅できる」視力を失ったクライマーと相棒の物語『ライフ・イズ・クライミング!』公開 

映画のポスターを挟んで、両側に小林さんと直也さんが立っている写真。

視力を失ったクライマー「コバ」こと小林幸一郎さんと、視覚ガイドの「ナオヤ」こと鈴木直也さん。2人が目指すのは、アメリカ・ユタ州の地に高々とそびえる赤い砂岩、フィッシャー・タワーズの尖塔(せんとう)です。

彼らの壮大な挑戦を追ったドキュメンタリー『ライフ・イズ・クライミング!』が、2023年5月12日より全国公開されます。

メガホンを取ったのは、2016年放送のテレビ番組『ザ・ノンフィクション』で小林さんに密着取材した中原想吉監督。そして、軽快なリズムが耳に心地よい主題歌『Amazing』を担当したのはMONKEY MAJIKです。

「映画では、『白杖はこんな場所にも旅できるんだ』と思ってもらえるんじゃないかな」と笑顔を見せる2人に、撮影の裏側や、お互いへの想いを伺いました。

お二人の略歴

小林幸一郎さん
28歳で網膜色素変性症が発覚し、現在は全盲。16歳でフリークライミングを始め、パラクライミング世界選手権4連覇を果たす。大学卒業後は旅行会社、アメリカのアウトドア衣料品販売会社などに勤務していた。2005年、視覚障害者のフリークライミング普及を目的としたNPO法人モンキーマジックを設立し代表理事に就任。日本パラクライミング協会共同代表。2023年、現役引退を表明。

鈴木直也さん
1992年にアメリカのコロラド州に渡米。コロラド山岳大学に入学し、ロッククライミングを中心とした、野外指導学科を専攻する。同大学卒業後、多数のフィールドでクライミングの講習やガイドをしたのち帰国。現在は、ガイド、ジム運営、日本パラクライミング協会共同代表を務め、クライミングの普及に尽力する。AMGA (アメリカ山岳ガイド協会)公認ロッククライミングインストラクター、AMGA公認ロッククライミングウォールインストラクター、PCGI公認マルチピッチガイドの資格を持つ。

「目の見えない小林幸一郎」ではなく、「クライマー小林幸一郎」の存在

「左、左!10時!OK!」

小林さんは、パラクライミング世界選手権で4連覇を果たした伝説のクライマー。全盲の小林さんを導くのは、登る先をナビする直也さんの「声」です。

世界中のさまざまな場所でともにクライミングをしてきた2人が今回挑んだのは、アメリカ・ユタ州のフィッシャー・タワーズ。「タワーに登ったときコバちゃんは何を思うんだろう」という直也さんのシンプルな好奇心から始まった旅でした。

フィッシャータワーズの岩山をクライミングしている小林さんの写真。
(C) Life Is Climbing 製作委員会

インタビュー中、「あのシーン、実は台本があってね……」と冗談を飛ばし、取材スタッフを笑わせてくれる底抜けに明るいお2人。初めてタッグを組んだ頃をこう振り返ります。

小林さん「直也はクライミングを学ぶために渡米していた経験もあり、すごく明るくて前向きです。僕は以前アメリカのアウトドア衣料品販売の会社に勤めていて、アメリカ人の気さくな雰囲気が好きでしたから、直也の人柄に惹かれました。そして何より、直也はクライミングの実力も兼ね備えていたんです。彼のキャラクターとクライマーとしての能力が、僕にとっては憧れでした。その気持ちは今も変わりません」

絶壁の赤い岩肌で左手を伸ばしている小林さんの写真。
(C) Life Is Climbing 製作委員会

直也さん「2006年、コバちゃんは日本人として初めてパラクライミングワールドカップで優勝しました。その頃からコバちゃんの存在は知っていましたが、彼のサイトガイドを務めるようになったのは2011年以降。

僕は障害者をサポートできる資格を持っているわけではないし、いまだに自分のナビの方法が正しいのかもわかっていません。でも『これでいいや』と思えるのは、昔も今もコバちゃんを1人のクライマーとして見ているからです。『目の見えない小林幸一郎』ではなく、『クライマー小林幸一郎』の存在が、クライミングの魅力を多くの人に伝えているのだと思います」

「目の見えない小林幸一郎ではなく、クライマー小林幸一郎だから」。直也さんの言葉を裏付けるように、『ライフ・イズ・クライミング!』のホームページやフライヤーには「パラクライミング」という言葉は使われていません。

小林さん「僕はクライミングを楽しんでいる一人のクライマー。パラクライミングは、クライミングという大枠の中の一つの楽しみ方にすぎません」

インタビューに答える小林さんの写真。
撮影:白石果林

遠くへ長い旅をして、「楽しかったね!また行こう!」と思える存在

青い空に赤い砂岩のコントラストがまぶしいフィッシャー・タワーズ。印象的なのは、壮大な景色を前にした2人の表情です。楽しんでいるような、緊張しているような……。

「景色が見えるから怖いですけどね」と直也さん。すがさず小林さんが「いやいやいや!俺だって怖かったよ(笑)」とツッコミを入れます。

直也さん「これまでいろんな世界大会に出ましたが、僕はコバちゃんと旅しながら岩場を登っているときが一番楽しいんです。ただ、終わったから正直に言いますが、コバちゃんがフィッシャー・タワーズを登る姿を見ているのは怖かった。もちろん安全を確保してのことですけど、100パーセントとは言えませんから。『楽しかった』と今言えるのは、無事帰ってこられたからです」

小林さん「でも旅するって、こういうことですよね。旅では騙されたりぼったくられたり、ハプニングがつきものだけど、帰国できて初めて楽しい思い出になる。それと一緒です」

フィッシャー・タワーズに挑むシーンでは手に汗を握るアクシデントもあり、「なぜここまでするのだろう」と思わずにはいられません。しかし2人の話を聞いていると、命をかけた挑戦の背景にあるのは「人生を楽しみたい」という純粋な想いなのだとわかります。

フィッシャータワーズの近くを直也さんの誘導で歩く小林さんの写真。
(C) Life Is Climbing 製作委員会

直也さん「僕にとってコバちゃんは、とにかく“一緒にいて楽しい人”。今回の映画でもそうだけど、10日以上一緒に旅をして『楽しかったね!また行こう!』と思える人にはそう出会えません。

“楽しい”の中には、尊敬や羨望の感情もあります。コバちゃんは現役の選手として活躍しながら、NPO法人モンキーマジックでのパラクライミング普及活動も長く続けている。クライミングというたったひとつのカルチャーで、いろんな人にインスピレーションを与えています。コバちゃんは、僕たちには見えない努力をし続けているんです」

小林さん「努力なしに人生は楽しくならないと思っています。だから僕は、できるだけ楽しい時間を過ごすために自分ができる努力をしているんです」

小林さんのこの考えは、視覚障害者としての側面も持ち合わせています。

小林さん「視覚障害の世界では、困りごとを解決しようと『課題』をベースにした話が多いですよね。でも、視覚障害者の内側の課題を考えるだけではなく、もっと広い世界で捉えることも必要だと思います。だから私は『視覚障害者として』ではなく、『一人の人として自分たちが生きていくために何ができるのか』を考えて行動しているのです」

2人がいてひとつの映画になった

「この作品は、音声ガイドがすごく良いんですよ」と話す小林さん。本作では、視覚障害者へ場面の説明をする音声ガイドが、アプリ「UDCast(ユーディーキャスト)」で提供されます。

小林さん「音声ガイドが、言葉で奥行きのある景色を見せてくれます。『どこまでも伸びている道の先に、こんな山々があって』と、平面の世界ではない景色を綺麗に言葉にしてくれています。映画では、視覚障害者の方にもアメリカのロードトリップを感じてもらいたいです」

笑顔でインタビューに答える直也さんと小林さんの写真。
撮影:白石果林

最後に、この記事の読者、これから映画を見る方たちに向けて、こう話してくれました。

直也さん「この映画はコバちゃんと僕、2人がいてひとつの映画になりました。正直言うと僕は、『誰に見てほしい』『これを伝えたい』と明確にあるわけではなくて、登ったり食べたり飲んだり、クライマーとして生きている僕たちの姿を見たみなさんが何を思ったのかを聞いてみたいです」

「2人がいてひとつの映画になった」と言う直也さん。それに対し、小林さんは「この映画の主人公は直也です」と話します。その言葉の裏には、長い年月をともに「旅」してきた直也さんへのリスペクトが込められていました。

小林さん「直也のすごさは、障害者、外国人、大人、子ども、さまざまな人たちとフラットに付き合えること。こういう人こそが、多様性が叫ばれる世の中で求められている人だと思います。この映画では、多くの人たちに鈴木直也を見てもらいたい。障害当事者の方もそうでない方も、ぜひ身近な人と見に行ってほしいです。見終わった後に語り合えることもたくさんあると思います」

映画『ライフ・イズ・クライミング!』予告動画

映画『ライフ・イズ・クライミング!』公式サイト(外部リンク)

5月12日(金)新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA 他にて全国公開

取材・編集:遠藤光太(parquet)
執筆:白石果林
アイキャッチ写真撮影:白石果林

この記事を書いたライター

Spotlite編集部

Spotlite編集部は、編集長で歩行訓練士の高橋を中心に、視覚障害当事者、同行援護従業者、障害福祉やマイノリティの分野に精通しているライター・編集者などが協力して運営しています。

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