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編集部から

視覚障害ランナーの伴走者探し。憧れの山梨学院大元監督とOBにつながった【代表コラム】

視覚障害ランナー三國さんを中央に、左隣に代表高橋と岡先生。右隣に伴走者の加藤さんと都築さん。

今回は、3月15日に行われた「かがわマラソン2026」(以下、かがわマラソン)をきっかけに、思いがけないご縁がつながった話を書きたいと思います。とても不思議な、夢のような時間でした。

人生は、どこで何がつながるか本当にわからないなと感じた今回の出来事をご紹介します。

起業のきっかけとなった視覚障害ランナー

私が同行援護事業所を始めるきっかけになった視覚障害ランナーの三國さんが、私の出身地である香川へ来ることになりました。「かがわマラソン」参加も目的のひとつでした。その伴走者探しをきっかけに、私が高校生の頃からずっと応援していた山梨学院大学の皆さんとつながることになりました。

三國さんとは、10年以上の付き合いになります。私が専門学校時代にお世話になった恩師の配偶者であり、私が起業するきっかけになった存在です。私の結婚式のスピーチもお願いした、家族のような関係でもあります。

三國さんは歯科技工士として働いていましたが、病気が原因で視力を失いました。その後、鍼灸マッサージ指圧師の資格を取得し、今はブラインドマラソンに挑戦しています。以前、私たちが取材した際「我が身一つで3人目の人生へ」と話していた言葉が今でも印象に残っています。

そんな三國さんが、私たちを頼ってくれました。三國さんにとって、今回が初めての香川でした。

山梨学院大の上田元監督が協力を

伴走者を探す中で、高校の体育教員である弟が、香川出身で箱根駅伝でも活躍した岡俊博先生を紹介してくれました。日本体育大学卒で、箱根駅伝第58回と59回の5区区間賞の経歴を持つ方です。岡先生はご自身の幅広いつながりの中で、各方面へ声をかけてくださいました。

そして、箱根駅伝総合優勝3回の実績を誇る、山梨学院大学陸上競技部元監督の上田誠仁さん、さらにOBの都築さん、加藤さんへとご縁が広がっていきました。

私が東京駅にいたときに岡先生からの電話が鳴りました。「山梨学院大の上田先生に相談してみたら、協力してくれるかもしれません」と言われた時の驚きと胸の高鳴りは、今もありありと思い出せます。

私は高校生の頃、テレビの前で山梨学院大を応援していたのです。信じられない気持ちでした。

学生時代の上田先生と岡先生の写真。ジャージを着た2人が写っている。
上田先生からお送りいただいた学生時代の上田先生(左)と岡先生の写真

香川出身の私は「山梨学院大」の駅伝ファン

私は香川県出身ですが、高校生の頃からずっと山梨学院大の駅伝ファンでした。

2006年の箱根駅伝で、モグス選手が2区でごぼう抜きをする姿を見て以来、応援するようになりました。毎年雑誌を買って、選手名鑑を見て、ネットの記事や記録会の結果まで追いかける、オタクのようなファンでした(笑)。

「山梨学院大」と書かれた水色のタオルと、「箱根駅伝2026」のタオル。
今回、岡先生から記念にいただいた山梨学院大と箱根駅伝のグッズ。

以前ほど時間は割けませんが、今も箱根駅伝は山梨学院大を応援しています。その理由のひとつが、留学生の存在でした。留学生の外国人選手の存在は今では普通になりましたが、当時はまだ珍しかったと記憶しています。

そんな中、留学生を積極的にチームへ迎え入れ、日本人選手に溶け込み一緒にタスキをつなぐ雰囲気が好きでした。また、山梨学院大は、高校時代からのエリート選手だけではなく、3年生、4年生になってから伸びてくる選手が多い印象がありました。

比較するのはおこがましいですが、私自身、高校時代に不登校を経験しているので、苦労しながら前に進む人に惹かれるところがあるのです。だから、長く応援しているのだと思います。

上田先生の綿密で丁寧なアドバイスとサポート

今回、かがわマラソンの事前の打ち合わせで、上田先生とオンラインでいろいろとお話をしました。

一番印象に残ったのが、レースが始まる前の準備の重要性です。

私は、それまで伴走というとレース中のイメージが中心で、せいぜい前日と当日の移動のサポートくらいしか考えていませんでした。

でも実際は全く違いました。

前日の試走、伴走者が交代する中継地点の確認、トイレや更衣室の場所、交通規制、選手や家族の待機場所、荷物の管理や補食の用意、合流する導線、折り返し地点での通過確認……。

視覚障害者が参加するフルマラソンでは、伴走者が前半と後半で交代するケースがあります。

今回は、折り返し地点を超えた先のハーフ地点で交代でする計画でした。事前に、ハーフ地点になっている車のディーラーの店長さんに電話して、車を止めていいか、更衣室があるかどうか、などを確認しました。

上田先生は、以前、娘さんと一緒に代々木公園での伴走体験にも参加されたそうです。伴走者の腕の動きなどにも精通しており、今回の相談にも的確で丁寧なアドバイスをくださいました。今回、上田先生のアドバイスがなければ、ここまで緻密な準備はできず、三國さん、都築さん、加藤さんが安全に走ることはできなかったと思います。本当に勉強になりました。

箱根駅伝の名監督という立場でありながら、私のようなどこの誰とも分からない人間の活動に自然に関わってくださることにも、とても驚きました。

「かがわマラソン2026」と書かれた大きな折り返し地点んの目印。緑色と白を基調とした2メートル以上高さがある四角柱の形。

岡先生は、大会運営側として大会当日の最後尾の管理を担当していました。にも関わらず、前日の私たちの下見に来てくださり、細かく確認をしてくださいました。

今回、伴走の加藤さんと都築さんは、上田先生の指示もあって、金曜日に現地入りしてコース試走。土曜日に調整。日曜日にレース。月曜日に戻る。というスケジュールで動いていました。あらためて、自分の考えが甘かったなと反省しました。

ゴール後、視覚障害ランナーに駆け寄った伴走者の2人

三國さんは、自己ベストに迫るタイムで完走しました。本当に嬉しかったです。

ただ、スタート時は一般参加者に混じった行列でスタートのゲートをくぐるまで数分かかっていました。ですから実質はベストと同じかそれ以上の好記録だったのかなと思います。

集中した様子の伴走者加藤さんと、まっすぐ前を向いている三國さん。スタート直前の様子。

当日、スタート前に加藤さんが静かに集中されている姿も、とても印象的でした。

そしてゴール後、都築さんと加藤さんがすぐに三國さんのところへ駆け寄り、肩を抱いている姿を見て、感動しました。

速く走れるだけではなく、準備や走り終わった後の時間も含めて、一体感のある素晴らしい時間になりました。

三國さんと肩を組む、伴走の都築さんと加藤さんの後姿。

伴走の都築さん、加藤さんから感じた「トップ選手の空気」

伴走の都築さん、加藤さんは、本当に素敵なお二人でした。

走力はもちろんですが、準備や周囲への接し方、言葉遣いなどに、トップレベルの陸上競技を経験してきた空気を感じました。同時に、スポーツ好きで親しみやすい爽やかな好青年でもありました。

前日、みんなでスタート会場の下見をしたとき、私が話すタイミングで、加藤さんと都築さんは、手を後ろで組み、微動だにせず話を聞かれていました。岡先生が「あれが山梨学院大の上田先生の指導です」と教えてくれました。当の私は、手をブラブラさせてヘラヘラと話をしていたのは言うまでもありません。

加藤さんから、印象的なお話を聞きました。

中学生の頃、箱根駅伝で山梨学院大のオムワンバ選手が途中棄権したレースを見たそうです。その後の上田監督の言葉が、今でも心に残っているとのことでした。

「過去を変えることはできないけれども、その受け止め方次第で自分の未来を大きく変えることはできると思います」

その言葉を聞いて、「山梨学院大に行こう」と決めたそうです。テレビで見た監督の言葉が、中学生の人生を変える。その選手が社会人となり、視覚障害者ランナーの伴走をしている。そのことに、思いがけない人と人とのつながりを感じて胸が熱くなりました。

レース直後、肩を組みながら笑顔で歩く三國さんと伴走者の2人。

よりよい大会にするために、私たちができることを

今回、かがわマラソンには約1万人のランナーが参加していました。

日本全国には、視覚障害者が約32万人いると言われています。

単純計算をすれば、もっと多くの視覚障害ランナーがいてもおかしくないはずです。でも、会場で見かけた視覚障害ランナーは、三國さん以外には、もうお一人くらいだったように思います。

来年以降、要望したい課題もいくつかありました。例えば、障害者ランナーのスタート位置や時間の配慮、伴走者の交代地点の設定など、上田先生からもフィードバックをいただきました。

かがわマラソンは今回が初開催でした。来年以降、さらに多くの視覚障害者が当たり前に参加できる大会になるよう、私たちができることを見つけていきたいです。

かがわマラソン2026のスタート地点の様子。人がたくさんいて、大会名が書かれた看板や「START」の標識などがある。

かがわマラソン後も、グループLINEではやり取りが続いています。

来年、2027年2月の別府大分毎日マラソンへ出場する話も出ています。また都築さん、加藤さんに伴走をお願いできそうです。

岡先生も日頃からマラソンや駅伝の情報を送ってくださったり、お知り合いの方へ伴走の話をしてくださっています。本当にありがたい限りです。今回だけで終わらず、次につながっていることが、とても嬉しいです。

スポーツは「する・見る・支える」という関わりの中で成り立つ

私たちは2025年から、「みつきランニングクラブ」という活動を始めています。視覚障害者と健常者が一緒に練習し大会に出ています。

少し大きな話になりますが、私にはいつか自分の会社でニューイヤー駅伝に出たいという夢があります。毎年1月1日に行われる、実業団日本一を決める駅伝です。簡単なことではなく、お金もノウハウも必要です。

しかし、ただ速いだけのチームではなく、伴走や地域活動を自然にやっているチームがあってもいいのではないかと思っています。テレビ中継で「このチームは、視覚障害ランナーの伴走にも積極的に取り組んでいるチームです」と紹介されたら、伴走者の存在が一気に全国へ広がるかもしれません。

いつか視覚障害ランナーと伴走者が一緒にニューイヤー駅伝の舞台を走る日が来てもいい。私はそう思います。そんな景色を見てみたいです。スポーツのレベルや障害の有無に関係なく、誰もが自然にスポーツに関われる環境が増えていけば嬉しいです。

上田先生にお話を聞いたとき、「スポーツは、競うだけのものではなく、『する・見る・支える』という関わりの中で成り立つものです。」と教えていただきました。

いろいろな立場でスポーツに関われる人が増え、その魅力がもっと多くの人へ届いていけばいいなと思っています。かがわマラソン参加は、その最初の小さな一歩だったのかもしれません。

この記事を読んで、もし伴走に興味を持ってくださった実業団チーム関係者や選手の方がいらっしゃいましたら、ぜひいつか、一緒に走ってくださったら嬉しいです。

今回関わってくださった皆さま、本当にありがとうございました。またどこかの大会で、お会いできる日を楽しみにしています。

記事内写真撮影:Spotlite
編集協力:株式会社ペリュトン

この記事を書いたライター

高橋昌希

1991年香川県生まれ。広島大学教育学部卒業後、国立障害者リハビリテーションセンター学院修了。視覚障害者のための福祉施設での勤務を経て、ガイドヘルパーの仕事を行う。教員免許(小学校・特別支援学校)を保有。歩行訓練士。Spotlite発起人。

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1991年香川県生まれ。広島大学教育学部卒業後、国立障害者リハビリテーションセンター学院修了。視覚障害者のための福祉施設での勤務を経て、ガイドヘルパーの仕事を行う。教員免許(小学校・特別支援学校)を保有。歩行訓練士。Spotlite発起人。

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