障害者差別解消法が改正され、2024年4月1日から事業者による障害者への合理的配慮の提供が義務化されました。
大手通信会社に勤務している視覚障害者の村竹陽太さんが、企業で働いている当事者の立場から、この1年を振り返って感じていることを寄稿してくださいました。
参考:リーフレット「令和6年4月1日から合理的配慮の提供が義務化されました」 – 内閣府(外部リンク)
法律の認知度はたった36%?
みなさん、こんにちは。村竹陽太と申します。
私は視覚障害の当事者で、大手の通信会社に勤務しています。これまで仕事では、社員の育成や採用活動をしてきました。
※村竹さんの仕事については、以下のリンクからお読みいただけます。
2024年4月から、障害者差別解消法の改正により、民間企業に対しても合理的配慮の提供が義務化されました。この1年で何らかの見直しや対応の改善をした企業も少なくないのではないでしょうか。
私の勤務する会社でも、お客様対応のマニュアルが改定されたり、さまざまな研修が行われたり、法律改定の動きを感じてきました。
ですが、この1年を振り返ってみると、法律が施行された2024年4月から、徐々にその勢いが下火になっているように感じています。法律の認知度に関しても、障害当事者でも36%程度という調査結果もあり、まだまだ認知度向上に向けた取り組みは必要ではないかと感じます。
参考:改正障害者差別解消法の施行から半年!合理的配慮に関する実態調査のレポートを公開!~障害者からミライロ目安箱へ寄せられるご意見の件数は1年間で約17,000件を超えました~|ミライロ(外部リンク)
困りごとを抱えている視覚障害者にとって、この盛り上がりはまだまだ続いてほしいと感じています。
そこで、今後も合理的配慮の提供が推進されてほしいという願いも込めて、私が感じていることをまとめたいと思います。
視覚障害者のキャリアを妨げないためにも、受験できる資格が増えてほしい
まず、視覚障害者でも資格取得の受験ができる環境整備です。これは目が見えないと受験できる資格が大きく制限されてしまう現状があるからです。
特定非営利活動法人視覚障害者パソコンアシストネットワークSPANが資格取得のサポートを実施しています。こうした資格取得を後押しする流れに注目している人も多いのではないでしょうか。
参考:視覚障害者パソコンアシストネットワーク SPAN(外部リンク)

私はもともと社員育成の仕事をしていたこともあり、視覚障害者のキャリアアップのためにも、この環境はより改善されてほしいと考えています。というのも、視覚障害者の資格取得にハードルがあることは、障害者採用市場で、視覚障害者が不利な環境となってしまう懸念があるからです。
また、近年は自発的なキャリア開発が推奨されている中で、自己研鑽意欲の低下につながってしまう可能性も考えられます。
企業目線では、しばしば「障害者」とひとくくりにされることもあります。ですが、障害者雇用市場を当事者目線で考えると、どんな障害も必要な支援が受けられることを大前提として、障害種別の違いによる差も意識する必要があるように思います。
資格取得の課題は大きく分けて、ふたつ。学習手段と受験できる環境の整備です。
まず、ひとつ目の学習手段についてです。見えている人は参考図書を中心に学習していることが多いと思います。電子書籍の普及により学習手段の保障については、まだ課題はありますが、改善されてきていると感じています。
次に受験できる環境の整備です。そもそも受験できなければ資格取得はできませんので、一番に改善が必要なポイントです。ベストなのは、点字を学習する機会がなかった方や中途失明した方でも受験の可能性が持てるスクリーンリーダーソフトでのWeb受験でしょう。
正直に言うと、数年前、私はこの資格取得のための交渉に疲れてしまい、あまりこの1年の変化は詳しくないのです。
以前、私の会社では制度変更により、資格取得がキャリアに大きな影響を持つようになりました。そのため、自身に当てはまる推奨資格の事務局へ相談していたのですが、あまりにも受験にこぎつけるまでの道のりが長く険しく、心が折れてしまった経験があります。
最近はキャリアコンサルタントを取得する視覚障害者も増えていますが、この資格は国家資格で、以前から合理的配慮義務の対象でした。
2024年の改定をきっかけに、今後は民間の資格も、障害の有無に関係なく受験できる環境が整備されることを願います。
※視覚障害者のパソコンの使い方について、以下のリンク先の記事で紹介しています。
アメリカの動きから習う、法律改定のメリット
この1年、日本の合理的配慮の提供は促進されたかもしれません。ですが、より広い視点で合理的配慮を考えるのであれば、障害を持つアメリカ人法(ADA)は外せないでしょう。
※法律名の日本語表記は、内閣府の記載に準拠しています。
- ADA:「Americans with Disabilities Act」の略。
1990年7月制定、2008年改正。
障害を持つアメリカ人法は、アメリカにおける最も包括的な公民権法の1つであり、障害者の差別禁止、及び障害者が他者と同じくアメリカでの生活を営むことができる機会を保証するものである。
参照元:8-1アメリカにおける障害者政策の枠組み|内閣府(外部リンク)
この法律では、私の勤務している通信業界においても、視覚障害者や聴覚障害者も各種電話通信サービスを利用できるようにすることが明示されています。
iPhoneのボイスオーバーによりスマホを音声で操作できることは、健常者含め広く知られているでしょう。これもAppleがADAに基づき製品を開発しているからこそです。日本の視覚障害者も恩恵を受けている法律なのです。

そんなアメリカですが、近年アクセシビリティ関連の訴訟が増加しています。2015年には57件であったのが、2023年には4605件もの訴訟が起きているとの報告もあります。
参考:米国で急増するウェブアクセシビリティ訴訟 グローバル展開するなら、知っておきたい海外情報 | いますぐ始める! ウェブアクセシビリティの基本 | Web担当者Forum(外部リンク)
2015年は私が携帯電話をスマートフォンへ切り替えた年です。スマートフォンの恩恵を実感してきた私の10年余りの間に、アメリカでは80倍を超えるアクセシビリティの訴訟が起きていることは驚きです。
日本ではコンプライアンス違反がリスクとしてとらえられている側面もありますが、アメリカではアクセシビリティが満たされていないこともリスクとしてとらえられているようです。アメリカでアクセシビリティが改善され発展していく状況であるのも、うなずけます。
※視覚障害者とアクセシビリティについて、以下のリンク先の記事で紹介しています。
当事者たちが自ら権利獲得のために動くこと
民間企業も合理的配慮提供の義務化対象になると聞き、さまざまな環境改善に期待を抱いた人は多いのではないでしょうか。そして、この1年で思ったよりも改善されていないと感じた人もいるのではないでしょうか。
障害当事者の認知度も低いことから、法律が改正されたからと言ってすぐに環境改善を期待するのは難しいのかもしれません。正直、私も自身に関係がある法律に変化があったとしてもすべては理解できていないと思います。
だからこそ、アメリカのように当事者や周囲の人が、合理的配慮の課題を認識し、解決に動くことでその意味や認知を広めていくことが大切だと考えています。
日本でも訴訟を起こしてほしいというわけではありません。当事者たちが自ら権利獲得のために動いているということが大切だと言うことを伝えたいのです。
私は、学生時代に社会科の授業で、女性の権利獲得に向けた当事者運動などを学んできました。しかし、いざ自分が困っている立場になったとき、自ら動けているのだろうか? そう考えると、耳が痛いです。
合理的配慮の義務化から1年。改めて課題を見つけ動いてくれる人が増えることを祈っています。言ったからには、自分も動かないと……と感じています。

最後にちょっと明るい話もしておきましょう。
日本のアクセシビリティにおいて、人対人のサービスは非常にクオリティが高いと感じています。
私も毎日の買い物の際、店員さんのサポートに非常に助けられています。いつも「おいしいものが欲しい」など雑な指示をして申し訳ないと思っていますが、応えてくださるなじみの店員さんには感謝しています。
来日した外国人旅行者も日本のサービスには感動している人も多いと聞きます。人の対応は世界的にも評価が高いのではないでしょうか。
私が特にそう感じるのはガイドヘルパーのサポートを受けたときです。視覚障害者の皆さんも、同意してくださる方が多いと思います。個人的な感謝は、これ以上話すと照れくさいので、この辺で終了にしたいと思います。
執筆:村竹陽太
記事内写真撮影:Spotlite