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ストーリー

「あなたが全盲だからガイドを引き受けた」視覚障害者の私が25か国の海外旅行で経験したこと

青空を、画面右下から左上に向かって上昇しているジャンボジェット機の写真。

私が2008年に全盲になったとき、絶望して「いつ死んでやろうか」と常に考えていました。当時は1人で近くのコンビニに行くこともできませんでした。

そして、私は今34歳になりました。趣味は旅行と乗り物に乗ることです。今まで25か国の海外旅行に行きました。全盲の私が一人で行った海外での体験についてまとめました。

フランス10日間、ガイド付きで250万円!?

私は両目とも全盲です。高校2年生まで、左目は0.04ほど視力があり、墨字を読んでいました。しかし、2008年に網膜剥離になったことで全盲になりました。

当時は200m先のコンビニも1人で行けず、友達にお金をわたして「これを買ってきて」と頼んでいました。

男性らしき2人の人物の足元の写真。一人は白杖を持っている。
(写真撮影:Spolite)

その後、必死に歩行訓練をして、どうにか国内旅行に1人で行けるようになりました。国内はいろいろ行ったのですが、2013年頃になると「今度は海外に行きたいな」と思うようになりました。どうやったら英語ができない全盲の私が、安全に普通の値段で海外に行けるかと考え、旅行会社にあたってみました。

しかし、日本の旅行会社にガイド込みで相談をすると、「フランス10日間で250万円」という見積が出るなど、現実的な値段ではありませんでした。

そこで気づきました。

「日本からガイドさんを連れていく必要はないんじゃないか?」

飛行機には機内スタッフがいます。目的地のガイドは現地の方を探すことにしました。

2013年当時はAIもなくSNSも今ほど身近ではありませんでした。ここでは詳細は伏せますが、あらゆる手を使って安全なガイドさんを探しました。

旅行をした国の中には、ブータンなど「旅行者は必ず旅行会社を通さないとビザが出ない」という国もあります。全て自分でガイドさんを探したわけではありませんが、今まで25か国に行きました。

旅行したことがある国名を、あげてみます。

フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、ドイツ、ポーランド、チェコ、スロバキア、オーストリア、ハンガリー、セルビア、クロアチア、ボスニアヘルツェコビナ、ブルガリア、ルーマニア、トルコ、イラン、ベラルーシ、ブータン、マレーシア、シンガポール、ブルネイ、中国、オーストラリア、ニュージーランド。

中でも、イランと中国はそれぞれ2回行きました。

モスク内部の様子。アーチ状の曲線がある天井、柱、窓の組み合わせ。内装はタイル張り。色とりどりのステンドグラスから光が差し込んで、室内は全体的にピンクがかって見える。
イランのモスク(写真素材:Unsplash)

ガイドさん探しでSNSを活用しようと思う方もいるかもしれません。ただ、安全面などの理由から、私はお勧めしません。今は海外在住の日本人が、暮らしている国や地域を案内するサービスもあります。そのほうが安全で確実というのが私の実感です

全盲だからこそ触れることができた、貴重な遺跡や文化遺産

海外では全盲ならではの経験をたくさんしました。中には、その道の研究者でもできないような経験もありました。

たとえば、私はオーストリアのウィーン軍事史博物館で、サラエボ事件で暗殺されたオーストリア皇太子が乗っていた車の実物を触った経験があります。サラエボ事件と言えば、第一次世界大戦のきっかけになった歴史の教科書に出てくる暗殺事件です。

普段は盗難防止の警告用アラームが付いていて、一般の人は離れて見学します。しかし、私が行ったとき、アラームを止めて触らせてくれたのです。車を見学する前にサラエボ事件の現場にも行っていたので、本当に感激しました。

また、イランではキュロス2世の墓に入る経験もしました。キュロス2世は、紀元前546年に古代ペルシャの都市パサルガダエの建設を開始したことが有名です。その墓とされている建造物は、世界遺産にもなっています。

キュロス2世の墓とされる建造物。ベージュがかった石をピラミッド状に積んだ上に家のような形の石の建造物が乗っている。
キュロス2世の墓(写真素材:Unsplash)

ウィーンでもイランでも、現地ガイドさんが一番驚いていました。こういう経験をして思うのは「私でも、工夫すればできるんだ」ということです。

私は、英語のテストはいつも1点とか3点とか低い点数ばかり取っていました。それが数年たって、機内食を英語で注文するようになったのです。自分で笑ってしまうくらい不思議です。

全盲の私から、海外旅行の「5つのアドバイス」

ここまで読んで、海外旅行に行ってみようと感じた視覚障害者の皆さんへ5つのアドバイスがあります。

まず、「外務省のページは必ず見る。外務省が行くなという国には行かない」です。

戦争している国はもちろん、治安が極端に悪い国もあるので、無理は絶対にダメです。海外では、視覚障害者は狙われるか優遇されるかのどちらかしかありません。

2つ目に、「行きたいと思ったときに行こう」です。

私はイランには2回行きましたが、その頃イランは中東でドバイの次ぐらいに安全で、女性が夜、1人で歩いてるような国でした。国境近辺は治安が悪かったのですが、政府が「治安が悪い地域には観光客を行かせない」という方針を徹底していました。2026年の今は戦争になってしまったことを考えると「行きたいときに行こう」と身に染みて感じます。トルコのアンカラで、ガイドさんが「中東には波がある。その波をうまく見なきゃいけない」と言っていました。本当にそのとおりです。

3つ目は「無理だと思ったら、無理」です。

私が1人で海外旅行に行く話をすると「私には無理です」と言う人がいます。少しでも気持ちがあるなら、自分ができる方法や地域で、ぜひチャレンジしてみてほしいです。

日差しが差し込むウッドデッキに置かれた鮮やかな青の旅行用スーツケース。
(写真素材:Unsplash)

4つ目は、「自分を知って、それに合わせて立ち回る」です。

私は英語が壊滅的に苦手です。それでも、「どうやったら英語を話さずに海外旅行ができるか」を考え「日本語を話すガイドさんを見つける」という方法にたどり着きました。そして「どうやったら見つけられるか」を考え、結果的に25か国の旅行を成功させました。

そして最後に、「やりたいことは人に話す」ということです。

私は「海外旅行に行きたい」と周囲に話し続けていました。すると、自分の中で「人に言ってしまったから必ず行かなきゃ」という決意が生まれます。また、周囲に話していると「知り合いを紹介しようか?」という人が現れ、シンガポールの人とクロアチアのザグレブの人を紹介してくれました。

中には「あなたには無理だ」と言ってくる人もいます。それはその人の考えなので、気にする必要は全くありません。

全盲の日本人が1人でチベットに

海外でアクシデントはなかったんですか?と聞かれることがあります。

私は基本的に危険な国には行かないのと、準備は用意周到にするので、危ない経験はあまりないのです。しいて言えば、チベットで高山病になったことはアクシデントでした。頭痛がひどくて、せっかくチベットまで行ったのにポタラ宮しか観光できませんでした。

乾燥していそうな高山地帯のチベットの街並み。漢字表記もあり、中国のようでもある。
チベット、ラサの街並み(写真素材:Unsplash)

「チベットに行った」と言うと「すごいね」と言われますが、チベットは「中国の旅行会社を知っていれば、行くこと自体はそれほど難しくない」というのが私の感想です。

ただ、ほかの国や地域に行くのとは違う部分もあります。

まず、チベットに外国人が行くには「入域許可証」というのが必要で、旅行会社が申請しないと出してくれません。私は知っている中国の旅行会社に出してもらいました。

チベットで一番人が多い街はラサなのですが、ラサでもガイドさんが必ず同行する形になります。まあ監視役を兼ねていると思うのですが……。

そんな風ですから、全盲の日本人が1人でチベットに行くのも、珍しいかもしれないと思います。

ほかに、旅行先として意外に思われる国は、イランやボスニアヘルツェゴビナです。ガイドさんがいるとはいえ、全盲1人で行った日本人も少ないのではないでしょうか。

私は学生のとき、英語も含めて勉強が全然できませんでした。それでも、全盲になってから25か国に行けたことは大きな自信になりました。

「あなたが全盲だったからガイドを引き受けた」

薄暗い中で明かりのついたランタンを手に持って掲げている男性を斜め後ろからとらえた写真。
(写真素材:Unsplash)

全盲になったことは確かにマイナスです。日本で街を歩いていても「見ればすぐにわかるのに」と思うことはとても多いです。

でも、マレーシアのガイドさんが「もし健常者だったら私はガイドを引き受けないよ。あなたが全盲だったから引き受けた」と言っていました。確かにガイドさんを探していると「この全盲の人を何とかしたい」と人脈を駆使して探してくれることが多々ありました。

また、オーストリアやイランでの経験は、全盲でなければできないものでした。サラエボ事件の車は貴重品という言葉では生ぬるいぐらいの歴史の証人ですし、キュロス2世の墓も人類にとって大事な財産です。

こうした経験をしたことを考えると、全盲という特性をうまく活用したともいえます。結局、「全盲になったという事実をどう捉えるか」だと思います。ただ、この境地に至るまでにはかなりの時間がかかりました。海外旅行で貴重な経験をしていなければ、この考えは持てなかったかもしれないと思います。

今度はウズベキスタンに行きたいです。ウズベキスタンにはサマルカンド、ブハラなどの悠久の歴史がある街がたくさんあります。それらの街を見に行きたいです。

Spoliteには、ほかにも視覚障害者の旅行についての記事があります。ご興味のある方は下記のリンクの記事をお読みください。

執筆:千頭井一樹
アイキャッチ写真素材:Unsplash
編集協力:株式会社ペリュトン

この記事を書いたライター

Spotlite編集部

Spotlite編集部は、編集長で歩行訓練士の高橋を中心に、視覚障害当事者、同行援護従業者、障害福祉やマイノリティの分野に精通しているライター・編集者などが協力して運営しています。

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