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ストーリー

「多国籍国家で暮らして見えてきたこと」シンガポールで全盲の娘を育てるYuko Sinさん

シンガポール在住の日本人 Yuko Sin(ゆうこ しん)さん。

全盲の娘の子育てを通して、視覚障害に関する幅広い情報を発信しています。

シンガポールにおける視覚障害児教育の現状や国民性、ゆうこさんがこれから取り組みたいことを伺いました。

略歴

日本では保険の営業職として勤務し、その後シンガポールに移住。娘が先天性の全盲であることをきっかけに、「視覚を使わない世界」の情報を発信するプロジェクト infinity の活動を開始。
現地での啓発活動や海外の視覚障害者や障害児を育てる親との交流、日本からシンガポールに来る障害者の観光案内などを行う。本職は、自身の経験を活かしたメンタルプロデュース業。12歳の息子と5歳の娘を持つ2児の母。

シンガポールのビーチでヤシの木と海が映っている画像
シンガポールのビーチ(記事内写真:ゆうこさん提供)

インタビュー

ー全盲の5歳の娘さんがいらっしゃるとのことですが、シンガポールでの視覚障害教育について教えてください。
病院のソーシャルワーカーや障害者支援を行うエージェントから情報を提供してもらい、私の娘は1歳半から現地の特別支援学校に入学しました。学校では、言語聴覚士、理学療法士、作業療法士、ソーシャルワーカーが常駐しているので、必要なケアが受けられます。
その後、3歳の時、障害の有無に関係なく同じ学校で学ぶインクルーシブスクールに転校しました。学校外では視覚障害教育に関する関係機関や盲導犬協会からイベントなどの情報を受けています。


ー盲学校やインクルーシブスクールなど様々な学校が選べるのですね。

シンガポールは多国籍国家なので、様々な文化背景の方がいるため、状況はそれぞれで変わってきます。娘の場合は、1歳半の時にちょうど永住権が取得できたので、現地の特別支援学校に入学しました。

花にに顔を近づけて匂いを嗅ぐ娘さんの画像。
花の匂いをかぐ娘さん

ー娘さんは、どのような形で視覚障害教育を受けられているのですか?
娘が通うインクルーシブスクールで、視覚障害児を受け入れるのは初めてでした。他の児童と一緒に、工作や歌、社会性を身に付ける勉強をしながら、1週間に1回、先生と1対1で授業を受けています。点字や白杖の訓練などの視覚障害教育は、外部の団体に依頼して、専門のスタッフが担当してくれています。


ーどのような団体に依頼しているのですか?
点字の指導は、視覚障害児の教育をサポートしている団体に依頼して、毎週1回指導を受けています。現在は新型コロナウイルスの影響によりオンラインで行っています。
そこでは点字の教育に関する指導が中心のため、白杖の操作など日常生活に関することは現地の盲導犬協会に依頼しています。こちらも毎週1回、自宅か学校で訓練してくれます。昨年の盲導犬協会のクリスマスパーティーでは、大人の視覚障害者と触れ合うことができ、どのような生活をしているか知ることができました。

アルファベットの点字を触読する娘さんの手元の画像
点字の触読練習

ー娘さんを育てる中で、大変なことはありますか?
今のところは、私1人で困っているということはあまりないのです。今後、色々と困ることはあるかもしれませんが、現在は周りのサポートに助けられています。それは、シンガポールの国民性によるところが大きいかなと思います。シンガポールは建国後55年の若い国家で、東京23区と同じくらいの小さな場所に色んな国籍の人が暮らしています。公用語は、英語、中国語、マレー語、タミル語の4つです。そのため、みんな違って当たり前いう意識があるように感じます。シンガポールには、困っている人には手を差し伸べて、みんなで助け合うという文化が根付いています。


ー日常生活の中で実際に感じることもあるのですか?

印象的なエピソードが1つあります。娘と横断歩道で信号を待っていた時、向こう側から高校生くらいの男の子が私たちのことを暖かい目で見ていました。「娘さんはいつから目が見えないの?」と話かけてきてくれて、「白杖ってこうやって使うんだね。グッドマザー」と言って、歩いていきました。私は「かっこいいな。どうすればこんな子どもに育つのだろう」と感動しました。

白杖を使って歩行練習を行う娘さんの画像
白杖の練習も行う

ー日本のいいところはどんなことだと感じますか?
日本で視覚障害教育を受けたわけではないので、あくまで私の印象ですが、日本のほうが福祉施設や教材は整っていると思います。こちらにない情報は積極的に日本から取り入れていきたいなと思っています。


ーこれから、娘さんの強みになるのはどのようなことだと思いますか?

もしこれからもシンガポールに住み続けるのであれば、多国籍国家の中で生活することで養われるグローバルな感覚を活かしてほしいです。いろんな国の人が混ざっているのが当たり前という環境を自分の中に取り込んでくれると嬉しいです。その結果、語学の強みも活かせるといいですね。学校では、英語と中国語を教えてくれます。娘は、日本語と英語では流暢に会話ができ、中国語はオンラインでレッスンを受けながら私の知らない言葉を話しています(笑)

葉っぱをノートに張り付けて、触察する娘さんの画像
触察する教材も工夫している

ーゆうこさんが行う視覚障害に関する活動について教えてください。
シンガポールの日本人学校で小学校の教科書に出てくる点字の内容に合わせて視覚障害者の体験授業を行ったり、タイ在住の日本人約50人にアイマスク体験のイベントも開催しました。日本の視覚障害者がシンガポールに来られた際、観光地を案内することもあります。


ーこれからゆうこさんがやりたいことを教えてください。

私の個人的な欲求なのですが、世界中の視覚障害教育の現状を知りたいです。特にヨーロッパでは、ドイツやフランス、北欧は、皆まぜこぜで同じ教育を受けるのが当たり前だそうです。現地に赴き、実際に私の目で見て肌で感じたことを世の中に伝えたいと思っています。個人でやるのは無理があるので、世界中の友達など、色んな方と協力しながら実現できればと思います。


ー自身が全盲の娘さんを育てている経験を元に、活動を世界に広げていきたいのですね。
娘が生後5か月で全盲だと分かってからは、「なんで私の娘だけ」と毎晩泣く日が続きました。でも、改めて心理学を勉強すると、結果的に感情を隠さずに出すことが大事だったと知りました。私たちは、小さいころからネガティブな感情を表現しないように教えられてきた傾向があるように感じます。もし何か悩んでいることがあれば、まずは感情を素直に出されると気持ちが楽になるかなと思います。以前は自分を責めてばかりでしたが、少しづつ自分のことを癒そうと思えるようになりました。そのきっかけをくれた娘には感謝しています。

手のひらサイズの模型でアルファベットの形を学習する娘さんの画像。
アルファベットの形も学習する

ーゆうこさんの中で気持ちが変化があるきっかけはあったのですか?
娘が全盲だと分かって4か月後、ダイアログ・イン・ザ・ダークを体験したことです。日本語が堪能なシンガポール人の視覚障害者が、アテンドとして暗闇を案内してくれました。この体験を通して、「暗闇で私は何もできないけど、娘にはできることがある。こうして私が不安に思っていることでも、娘は誰かに寄り添ってあげられるのではないか」と気づきました。稲妻が走るように、今までの価値観が崩壊する出来事でした。


ー最後に、視覚障害者や家族、関わる人にメッセージがあればお願いします。

海外に移住してから、色んな人がいて当たり前の社会でいいということをより強く感じるようになりました。見える人も見えない人も、壁を感じずに生きられる社会になればいいなと思っています。
思いやりのある行動を取るためには、1人ひとりが満たされていることが大切なのかなと思います。何でも構いませんので、自分自身を満たすためにできることが見つかれば嬉しいです。

シンガポールの海岸で、遊歩道とヤシの木が映っている画像。
シンガポールの海岸

点字の練習をする娘さん(ゆうこさんのYouTubeチャンネルより)

参考

ゆうこさんが体験したダイアログ・イン・ザ・ダークを、Spotliteでも以前取材しました。併せてご覧ください。

暗闇での対話は発見の連続。ダイアログ・イン・ザ・ダークの可能性とこれから。