神奈川県横須賀市のいけがみ眼科整形外科で副院長を務める澤崎弘美(さわざきひろみ)さん。
開業医として、地域に根ざしたロービジョンケアを行っています。
クリニックでの相談会や地域を巻き込んだイベントの開催、さらには視覚障害に限らない幅広い活動を行う澤崎先生の秘めた思いをお伝えします。
略歴
宮城県生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、愛知県内の病院での勤務を経て、いけがみ眼科整形外科を開院。
日本眼科学会専門医。視覚障害者用補装具適合判定医。障がい者スポーツ医。認定健康スポーツ医。
インタビュー
ー現在の仕事を教えて下さい。
神奈川県横須賀市のいけがみ眼科整形外科で開業医をしています。
大学卒業後、愛知県の病院などで勤務医をしていたのですが、家族の事情で神奈川に転居し、2003年の12月に開業しました。通院困難な患者さんへの往診も行っています。
ーロービジョンケアを知ったきっかけは何ですか?
20年以上前、愛知県の病院で勤務していた時に歩行訓練士の資格を持っている看護師がいました。糖尿病で失明した患者さんなどに歩行訓練をしていたのです。
当時、歩行訓練士という視覚障害者の支援をする仕事やロービジョンケアの存在を知っている数少ない眼科医だったと思います。
しかし、病院としてはロービジョンケアを積極的にはやっていませんでした。当時の私自身も、眼科医が関わる仕事だとは思っていませんでした。
ーどうしてロービジョンケアを始めようと思ったのですか?
私は学生のころから漠然と、ゆくゆくは街のお医者さんとして地域で活動したいと思っていました。そして、実際開業してみると、通常の診療のほかに患者さんの日常生活を支えるための福祉的な業務が多いことに気が付きました。
そこで、開業医の仕事のゴールは『患者さんの生活を守る』ことで、病気を治すことはその手段だと思うようになりました。見えにくいことで今までの生活が崩れてしまう患者さんに、「これ以上治療法がありません」と言うだけではいけませんよね。
ー具体的にはどのようなことをされたのですか?
2014年、国立障害者リハビリテーションセンターで行われた視覚障害者用補装具適合判定医師研修会を受講しました。
受講後も何から手をつければいいか分からなかったので、研修会で講師をされた先生にメールで伺いました。すると、「まずは、その場で見える体験ができるものをいくつか揃えるといいですよ。タイポスコープやルーペ、遮光メガネは出番が多いです」というアドバイスを頂き、それらを眼科に置くことから始めました。
ー関連施設とのつながりはどうやってできたのですか?
県内の施設、例えば盲学校、盲導犬施設、ライトセンターや点字図書館などの施設、役所などあらゆるところに見学に行きました。先方は「なんで眼科医が来るんだろう」と、びっくりしていましたね。
小さな開業医にロービジョンケアに必要なものは十分に揃えらない。ロービジョンケアの経験もノウハウもない。であれば、人とつながって連携を取りたいという気持ちがありました。関連施設で働く人(専門家)を知っていると、気軽に相談でき安心して患者さんを紹介しやすくなり、自分1人で抱え込まなくてよくなりました。
ーそこからどのように活動が広がったのでしょうか?
従来の機器や福祉サービスを紹介するだけの支援では限界を感じ、2017年からクリニックで患者さん向けの相談会(訓練施設のアウトリーチ、計4回)を行いました。
七沢自立支援ホームや神奈川県ライトセンター、湘南ロービジョンルームに協力いただき、支援機器やサービスの紹介にとどまらず、生活上のささいな相談から年金や就労の相談、歩行訓練までワンストップで必要な情報を提供することを目指しました。患者さんはいつものクリニックで専門的なアドバイスを受けることができたと大変喜んでくれました。
ーそうだったのですね。患者さんにとっては嬉しいですよね。
クリニックで実施したことで、患者さんの親戚や友達までが一緒に来てくれました。近所の人もうわさを聞きつけて見学にいらっしゃいました。
その中には「私の身内や近所にも見えない人がいるんだよね。教えてあげなきゃ」と言う方もいました。クリニックでの相談会を行ったことで、視覚障害のことを近所の方に知ってもらい、地域の環境を整えることが何よりのロービジョンケアになると思うようになりました。
ー福祉施設が充実していない地方では、まさに必要なことかもしれませんね。
そうですね、私のクリニックはちょうど二つの自治体の境目にあるのです。
一方の市には点字図書館がありますが、もう一方の町にはそのような施設がありません。たったそれだけのことだと思うでしょうが、そこが患者さんの運命を分けているといっても過言ではありません。
専門的な施設では知識も経験も豊富な職員がいるのに対し、そのような施設が無い地域では、視覚障害に明るい専門職員が少なく、『役所に行くと社協へといわれ、社協に行くと福祉課へといわれ』というように、堂々巡りになったという話も聞きました。
ー各自治体によっても差があるのですね。
はい。公立の施設の場合、市民以外の人は利用できないという制限がある場合もありますが、私のクリニックには様々な市区町村の患者さんがいらっしゃいます。クリニックでは行政の区割りに関係なくできることがあると思います。
地域に拠点となる施設があると、視覚障害者の人が集まり自然に活発な活動が生まれます。地域に拠点があるかないかで、どんどん格差が広がっていることに気が付きました。
ーそこから地域に目を向けていかれたのですね。
2018年、視覚障害者支援の空白地帯と思われる地域で「ブラインドワールドサポートDAY」というイベントを実施しました。これまでクリニックで行ってきた相談会の内容を充実させたうえでさらにヨガの体験会、パラアスリートの講演会など、様々な内容を盛り込み、地域の人全体に向けた視覚障害者応援イベントです。
たった1日のイベントでしたが、市民全体が視覚障害者のサポーターになれば、それは拡大読書器や盲導犬にも劣らない支援の形になると確信できました。
ークリニックを超えて、市民全体にまで支援の輪が広がっていったのには驚きました。
さらに、2019年には地域のボランティアグループと連携し、すこやかいきいき協議会を発足しました。この団体は、様々な障害や困難を抱えていても当たり前に健康に暮らせる地域づくりを目的とした活動をしています。視覚障害者だけに優しい社会はありえません。誰もが住みやすい街は、視覚障害者も住みやすい街であると思います。
ーところで、澤崎さんはすこやかいきいき協議会の運営や伴走をされながら、聖火ランナーにも選ばれました。どのような思いで走りますか?
私は、視覚障害者と地域の人を自然に結びつけたい、という思いでラン&ウォークという取り組みをしています。ここでは一方的な支援者を募っているわけではなく、走りたい視覚障害者と趣味で走っている市民ランナーが自然に出会える場所にしたいのです。
聖火リレーでは、障害や困難に関係なく、「一緒に走ろう、一緒に暮らそう」というメッセージを込めて走ります。
ーこれからロービジョンケアを始めたいと思う眼科は、何から始めればいいのでしょう?
地域のクリニックと大きな病院では役割が違うと思いますが、クリニックでは特に地元の関係者や関係機関となるべくつながりを持ってほしいです。大きな病院や訓練施設は、患者さんにとって日常ではありません。いきなり行くのは抵抗があり、やはり最初に頼れるのは普段通い慣れている眼科だと思います。
小さなクリニックであればあるほど、様々な地元の関係者とつながりを持てると身近な場所での「痒い所に手が届く」ロービジョンケアができると思っています。
ーそのためには眼科医から積極的につながりを持つことが大切なのでしょうか。
そうですね、待っていても先方から眼科医へのアプローチはなかなか来ないです。眼科医は敷居が高いと思われているようです。
『では、どうやってつながれるの?』と聞かれます。クリニックの患者さんの中に民生委員やケアマネージャー、ボランティアグループの方がいるかもしれませんし、患者さんからの紹介でつながることも考えられます。地域で長く開業していると、どこかににつながるきっかけはあると思います。
ーロービジョンケアを行うために、眼科医が行う仕事は幅広いと改めて感じました。
私たち眼科医が気をつけなければいけないのは、ルーペを紹介したり遮光メガネの申請をしただけでロービジョンケアをした気になってしまわないことです。それらはロービジョンケアの手段であって、それ自体が目的ではないはずです。
遮光メガネが手に入った患者さんの生活がこれからどこまで拡がるだろうか、ということに思いをはせて、視覚障害者の生活に最後まで関わるという気持ちで接することが大切だと思います。
ー澤崎さんがこれから関心のあることはありますか?
ずっと防災に関心があり、勉強会にも参加しています。視覚障害者の当事者団体から聞く防災の話は、あくまで視覚障害者だけに限った話です。実際の災害現場では、見えない方、身体の不自由な方、聞こえない方などを分類して支援をする余裕はないですから、そのような中で自分は何が出来るかを考えていきたいです。
ー澤崎さんは防災に対してどのような思いがあるのでしょうか?
見えないことが理由で災害時に患者さんが命を失ってしまうことはあってはなりません。たとえ目の病気を治せなかったとしても患者さんの命だけは絶対に守りたいのです。
ー医者として命を守るということを常に考えられているのですね。
眼科は患者さんが死なない科だと言われるけど、見えなくなった方は絶望して自殺を考えることもあると聞きます。また、見えなくなると、家に閉じこもりがちになり、健康を損なうこともあります。眼科医として目の病気を治せなかったこと以上に、見えなくなったことで死にたくなるほど絶望したり、健康を損ねたり、日常の生活が崩れてしまう患者さんを作ることが1番の敗北です。そうならないために、視覚障害者が身体を動かせる環境作りも大切だと思って活動しています。
ー患者さんが動けるために澤崎さんがしている工夫は何かありますか?
患者さんのやる気スイッチをいかに見つけるか、です。
ロービジョンの問診票の趣味や好きなことを聞く項目に『以前やっていて、今はやめてしまったことでも構いません』と記載しています。
「今、何をやりたいですか?」と聞いても、自分にできないと諦めている患者さんからなかなか本音を引き出せません。だから、見えていた時に好きだったことを聞くようにしています。
ー澤崎さんがこれから理想とする社会とはどのようなものでしょうか?
視覚障害者も、その他の困難を抱えた人も、ともに暮らす『当たり前の風景』を作りたいなと思います。誰もが当たり前にそこにいて『誰かを笑顔にできる』社会です。ちなみに『当たり前の風景』『誰もが誰かを笑顔にできる』は、視覚障害の方が考案したフレーズです。
視覚障害者も支援を受けるだけではなく、地域に情報を発信したり、地域を支える存在になれることを知ってほしいです。
そのことを象徴するエピソードが2つありました。
1つ目は、昨年のブラインドワールドサポートDAYが台風で中止になった当日、私が会場で待機していた時、視覚障害者がかけつけてくれたのです。全盲の人が1人で出てこられるような状況じゃなかったので驚きました。聞くと、家を出るとすぐに近所の子供に声をかけられて途中まで一緒に歩き、子供と別れるとまた見知らぬ女性に声をかけられてリレーのように会場に到着したそうです。私は1人で待機していて心細かったので、とても元気づけられました。
ー街の人全体で支え合う社会になっていますね。
もう1つは、ある認知症の患者さんが行方不明になってしまった時のこと。地域の支援者に一斉に連絡がありました。その中の全盲の方が、「僕もちょっと外を見てくるわ。僕から彼は見えなくても、彼が僕を見つければきっと声をかけてくれるから」と捜索に加わったのです。こういうことが自然に言える関係性が地域の中でどんどん広がり根付くといいなと思います。
ー本当に素敵なエピソードです。
視覚障害者とお話していると「お世話になるばかりで迷惑をかける」という方が多いですが、全然そんなことはなくて地域の中で誰かを支える1人であることは間違いありません。日頃から地域活動に参加していれば、お互いさまで支えあえると思うので、ぜひとも積極的に地域にかかわってほしいですね。
いけがみ眼科整形外科
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