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ストーリー

大学教授に聞く。「誰も取り残さない情報保障とは」 鶴見大学 元木章博さん

記事の目次

アイキャッチ写真撮影:Spotlite

鶴見大学文学部ドキュメンテーション学科の元木章博(もときあきひろ)教授。
鶴見大学図書館長(※取材当時)も兼任しながら、図書館司書を目指す学生に教鞭をとっています。誰もが必要な情報にアクセスするための情報保障が専門で、卒業生が日本点字図書館に就職するなど、視覚障害業界と多くの関わりがあります。

昨年、点字器「ライトブレーラー」を、沼津市立図書館から福島県点字図書館へ譲渡する橋渡しの役割を担うなど、大学内に留まらない活動を展開しています。

この活動をきっかけに元木教授を取材すると、異業種のサラリーマンから大学教授になったきっかけやご自身で立ち上げたサークル活動、学生とのエピソードなど、興味深い話をたくさんお聞かせいただきました。

インタビュー

ー今のお仕事をされるまでの経緯を教えて下さい。
もともと小学校の教員を目指しており、学部と大学院を通して、地球物理学を専攻して地震の研究をしていました。小中高の教員免許を取得後、高校での非常勤講師や神奈川県、京都大学、民間企業で勤務したのち、2005年4月、鶴見大学文学部ドキュメンテーション学科に着任しました。


ーどのようなきっかけで鶴見大学に着任したのですか?
鶴見大学が新学科を立ち上げるために、ネットワークやマルチメディアなどの専門知識を持つ教員を募集していました。そこで、採用されました。
当時、私はネットワーク構築などが主な専門でした。図書館司書を目指す学生に対して、自分の専門性をどのように活かせるか、自分なりに考えて仕事を始めました。

元木さんがジェスチャーを交えて笑顔でお話されている画像。
鶴見大学文学部ドキュメンテーション学科 元木章博教授(撮影:Spotlite)

ー情報保障の分野に専門性を広げていくきっかけはあったのですか?
福祉情報工学研究会に参加した時、発表内容をスクリーンに墨字で映すパソコンテイクを初めて体験しました。そこで、自分が情報保障され、「便利でありがたい」と感じました。しかし、様々な情報保障に関する情報を集めていく中で、図書館司書を養成する課程で、視覚障害者の情報保障に関する講義をやっていないことを知りました。情報保障の世界では視覚障害者に対する歴史が1番長いにも関わらず、です。さらに、図書館のホームページでは、様々な情報を提供している割に、マジョリティにしか優しくないと考えさせられたことが、きっかけで情報保障に取り組むようになりました。


ー視覚障害者にも優しい情報保障に向けた活動が始まったのですね。

まず、Webアクセシビリティのチェックツールがあるのを試してみました。そうした中、2014年9月の福祉情報工学研究会で研究発表したところ、全盲の研究者からご意見を頂戴する機会がありました。
その方から、「通販のサイトなど、必要性が高いものは多少Webアクセシビリティが不十分でもどうにかして使います。一方、公共施設のサイトはめったに使わないからこそ、誰にとっても使いやすい必要があります。このような研究活動をしてくださってありがたい」と言われました。


ー元木教授の活動の必要性が伝わる言葉だと感じました。
視覚障害者からの言葉は、とても印象に残りました。そこで、公開されなくなった過去のサイトまで調査できるアメリカのサービスを使って公共図書館のサイトを調べると、結果は散々でした。障害に関係なく、誰もが情報を受けるために、自分たちが世の中に貢献できることはないかなと考えていきました。

研究室の棚に書籍とファイルが並べられている画像。
研究室の書棚。関連書籍や資料がびっしり(撮影:Spotlite)

ーそうだったのですね。大学の授業ではどのような科目を教えているのですか?
図書館司書を目指すカリキュラムの中で、児童サービス論は必修科目ですが障害者の情報保障に関する科目は存在しません。
そこで、図書館のサービスに関することであれば色々と教えることができる「図書館サービス特論」という科目を活用しています。図書館司書資格取得を目指す学生が多数在籍する学科なので福祉が専門ではないですが、点字について学ぶこともあります。どれだけ伝えても、なかなか全員に浸透するのは難しいので、啓発は続けるべきだと考えています。「点字」や「ロービジョン」といった関連キーワードを伝え続けることで、1人でも頭に残る学生がいればいいかなと思っています。


ー図書館司書のカリキュラムの中でうまく情報保障に関する講義を行われているのですね。
学生は「図書館」や「読書」という言葉には感度が高く、図書館は公共図書館か学校図書館の2つだと思っている学生がほとんどです。そこで、最初は身近なキーワードで関心を持ってもらい、「点字図書館」や「視覚障害者情報提供施設」という専門的な内容は3年生になってから教えています。このような活動の甲斐もあってか、一昨年、日本点字図書館に就職した学生も出てきました。

白杖を使う視覚障害者のイラストが書かれた腕章を手に持つ元木さんの画像
研究室の中にある様々なグッズを見せて頂きました(撮影:Spotlite)

ーそうなのですね。日本点字図書館とは、まさに視覚障害に関する全国有数の施設ですね。
はい、しかし私は視覚障害者の支援だけにこだわっているというわけではありません。週に1回、昼食時に学生と一緒に手話で会話する「ランチタイム手話」という時間を設けています。出身地や趣味などの単語を覚えて、ろう者とコミュニケーションができるようになればいいなという思いがあります。全員が障害者向けのサービスに精通している必要はなく、みんなそれぞれが特色を持ちつつ、障害者に関する知識も忘れないでほしいです。


ー他にも学生と一緒に取り組んでいる活動はありますか?
「情報バリアフリー推進会」というサークルを作りました。大学全体に目を向けると、学生支援課の中で障害学生支援が十分にできていないと感じたからです。サークルでは、特定NPO法人ことばの道案内と一緒に活動したり、歩行訓練士に協力してもらい学園祭でロービジョン体験メガネを作ったり、子ども向けに点字体験を行ったりしています。もともとは私の学科のメンバーだけで始まりましたが、今は他の学科や大学院の学生も所属しています。


ー点字タイプライター「ライトブレーラー」を福島県点字図書館へ寄贈される活動を行ったとお聞きしました。どのような経緯があったのですか?
現在、多くの点字図書館では、点訳こそパソコンで実施していますが、製本作業においては点字器や点字タイプライターも活躍しています。点字図書の表紙へ貼付するシールに点字を打点する際、それらが使用されているのです。
2018年2月、調査研究活動の一環で沼津市立図書館を訪問し、事務の方々や点訳ボランティアの皆さんからお話を伺いました。その時、ライトブレーラーが棚に収められており、実は休眠した機器であるとお聞きしていました。

机の上に、点字タイプライター「ライトブレーラー」の本体とカバーを並べて撮影した画像。
点字タイプライター「ライトブレーラー」(撮影:Spotlite)

ーどのように福島県点字図書館への寄贈につながったのでしょうか?
2020年3月、福島県点字図書館に訪問した際、ライトブレーラーは既に販売中止になっており、「これが壊れたらどうしよう?」という悩みを抱えていることを知りました。そこで、沼津市立図書館に休眠しているライトブレーラーがあるという話を思い出し、沼津から福島へ寄贈する運びとなりました。300キロ以上離れた場所で、ライトブレーラーが再び活躍することになり、大変嬉しかったです。

元木さんがライトブレーラーに指を乗せて使う様子を再現している画像。
左右それぞれ3本ずつ指を乗せて使用します(撮影:Spotlite)

ー元木教授の活動の根幹にある1番のテーマは何ですか?
これまでも何度かお話ししている「情報保障」です。以前、出張でドイツに行った時、山奥で高速鉄道が止まったのですが、車内放送による説明がドイツ語だけでしばらく状況が分かりませんでした。翌年、ギリシャに行った時も電車の運行が止まったのですが、電光掲示板に表示される文字はギリシャ文字だけでした。そのまま座っていると、見かねた地元のお店の女性が「電車が動いてない」ことを教えてくれました。2年続けて同様の出来事があり、自分で情報が拾えないことの不自由さを身をもって痛感しました。同じ社会で生きていく中で、特定の人だけ情報を得られるのは不平等なので、届くべき人に届けられるようにしていきたいです。

研究室の中で元木さんが立ったまま書棚に手を伸ばして、こちらを向いている画像。
情報保障の重要性をお話しいただきました(撮影:Spotlite)

ー視覚障害者との関わりで、印象に残っていることはありますか?
2018年、視覚障害リハビリテーション大会を本学で開催した時、鶴見駅からの大学までのルートをことばの道案内で公開しました。当日、誘導ボランティアの学生から「ことばの道案内を使って一人で来ました」と視覚障害者から感謝されたという話を聞きました。
学生が誰かから感謝されて喜ぶ姿を見るのが1番嬉しいですね。このような経験を通して、情報保障の分野が自分の選択肢の1つだと思う学生が生まれれば、私の活動の意義があるのかなと思います。


ー元木教授の思いがとても伝わってきました。
情報バリアフリー推進会の目標は、「このサークルがなくなること」です。わざわざ、サークルが題目を立てて支援することがなくなるのが理想だと思っています。今後も、研究と実践のバランスを取りながら、両立していきたいと思います。
活動を広げるためには、健常者も巻き込むことが重要です。音声図書も点字図書も、視覚障害者だけで成り立つものではありません。健常者に、自分も関係者と思ってもらえるように活動を続けていきたいと思います。

サークルの学生5人と元木さんが鶴見大学図書館の企画展で記念撮影している画像
サークルの学生と企画展を行いました(提供:元木教授)

最後に

表情豊かな優しい兄貴分。元木教授を一言で表した私の印象です。

元木教授の所属する学部・学科には図書館司書を目指す学生が集まるため、最初から全員、障害や情報保障に関心があるわけではありません。
そんな学生に向けて、自ら先頭に立ち、学生と同じ目線で取り組む姿が伝わってきました。

「視覚障害者の支援だけにこだわっているというわけではありません」「全員が障害者向けのサービスに精通している必要はなく、みんなそれぞれが特色を持ちつつ、障害者に関する知識も忘れないでほしいです」という言葉が表すように、自然体で接するからこそ、正しい知識が少しずつ、確実に、広がっていくのではないかと感じます。

障害者と近い立場にいればいるほど、自分たちの主張を押し付けず、広い視野を持ち続けるの大切さを再確認できました。

【記事紹介】
元木教授の研究室とサークル「情報バリアフリー推進会」が共同で行った企画展がタウンニュースの鶴見区版に取り上げられました。記事はこちら(外部リンク)

笑顔でインタビューにこたえる元木さんの画像
終始、明るく表情豊かにお話しいただきました(撮影:Spotlite)

この記事を書いたライター

高橋昌希

1991年香川県生まれ。広島大学教育学部卒業後、国立障害者リハビリテーションセンター学院修了。視覚障害者のための福祉施設での勤務を経て、ガイドヘルパーの仕事を行う。教員免許(小学校・特別支援学校)を保有。歩行訓練士。Spotlite発起人。

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1991年香川県生まれ。広島大学教育学部卒業後、国立障害者リハビリテーションセンター学院修了。視覚障害者のための福祉施設での勤務を経て、ガイドヘルパーの仕事を行う。教員免許(小学校・特別支援学校)を保有。歩行訓練士。Spotlite発起人。

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