保険会社に勤務する百田牧人(ももたまきと)さん。ソーシャルイノベーションの取り組みの一環で、海外の現地パートナーとともに障害者の就労の新しいモデル創発に取り組んでいます。
百田さんの長男は、未熟児網膜症による視覚障害があり、都内の盲学校に通っています。
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今回は、百田さんが1から立ち上げて短期間でアワードを受賞するなど、大きなインパクトを残している海外での取り組みの軌跡をお伝えします。
インタビュー
ー百田さんのお仕事について教えてください。
保険会社でデジタルイノベーションや新規事業創発に関わる部署に所属しています。この部署の目的は、保険の領域にイノベーションを起こすことと、社会課題に取り組み保険の周辺領域で新規事業を作ることの2本柱です。私は、昨年から海外のパートナーと連携して新規事業の開発に取り組んでいます。
ー具体的にどのような内容なのですか?
障害のある方の就労に関する課題解決を行っています。海外では、日本のように障害者の法定雇用率が決められておらず、障害者が企業で働くことが難しい国もあります。NPO法人やNGO法人などのソーシャルセクターや政府が問題意識を持って、コミュニティーを作ったり、企業と障害者をマッチングをするように努めています。海外で障害者の新しい働き方を作るために3つの活動を行っています。
1つ目は、タレントアクセラレーションです。
障害者が持つ能力を伸ばすために、特別なニーズに合わせて、プログラミングやデザインなどのプログラムや実際のプロジェクト機会を提供することで就労に必要な能力を高めていきます。
2つ目は、コワーキングスペースを利用しやすくすることです。
障害者が、都心の真ん中のバリアが多い職場に通勤するのは難しいので、コワーキングスペースで、働きやすい環境を目指しています。
3つ目は、障害者の働き方の新しいロールモデルをつくることです。
障害者の仕事は、一般的に軽作業やお店の掃除などですが、デジタルスキルを使えばクリエイティブな仕事ができるようになります。
ーなぜ、海外で障害者の就労に取り組んでいるですか?
海外のイノベーションプログラムに参画する機会があり、会社から派遣されました。テーマは自分で決められたので、もともと障害に興味があり、就労が大きなインパクトを与えると思い、障害者の就労に取り組むことにしました。
ー具体的にどのような流れで行ったのですか?
1ヶ月の国内研修とその後の短期の語学留学を経て、海外での取り組みをスタートさせました。海外に行くのは初めてで人脈があるわけではありません。そこで、障害者の色々な取り組みをしている政府系機関に連絡したり、障害者インクルージョンをテーマにしている学生のピッチコンテストを見学するなどしました。そこで、国連の職員や、第一線で活躍する障害当事者、ソーシャルセクターの方々など、2~3か月でたくさんの人に会いました。このプログラムは、問題提起をしたあと「何が問題でどう解決したいのか?」を論理的にまとめるデザインシンキングで取り組みます。人と会いながら、問題定義と解決方法を仲間と一緒に考えていました。
ー人と会うことで、活動を広げていったのですね。
プログラムは実質3~4か月間しかなく、私たちだけで大きな成果を出すのは難しかったので、企業と連携することにしました。活動拠点は、スマートシティを作っている不動産会社が運営するコワーキングスペースを無償で借りました。最終的に、テクノロジーやヘルスケアなどの領域で世界をリードしている企業からパネリストを出していただき、課題感を共有するイベントを行い、延べ200人以上が参加してくれました。人脈が全くない状態から3か月で行ったので、インパクトは大きかったかなと思います。
ー様々な企業との連携されたのですね。核となったのはどのような企業でしたか?
主なパートナーは2つあります。1つは、ソーシャルイノベーション系のスタートアップです。もう1つは、日本人の方が代表を務める現地のコンサルタント会社です。代表は海外経験が長く、事業のアドバイスを頂きました。この2つのパートナーが中心となり、さらには多国籍企業、現地の有力企業、政府系機関、ソーシャルセクターから多くの方々からも多くのサポートを得ることができました。
ーイノベーションプログラムでは、どのような取り組みを行ったのですか??
2週間、車椅子や視覚障害、聴覚障害など15人の障害者と一緒に、コワーキングスペースの在り方を考えるトライアルを行いました。
また、障害者の雇用を促進するための情報プラットフォームのあり方を議論し、アイデアの具体化をしました。そして、こうした取り組みの結果を関係者の前で発表しました。そこでは、思わぬ結果がありました。15人のほとんどが職を探していたのですが、5人の就職が決まりました。現地の有力多国籍企業が初めて採用した障害者の方も私たちが一緒に取り組んだメンバーから選ばれました。企業への就職は意図していませんでしたが、社会での必要性を実感し、今も活動を継続しています。
ー現地ではアワードも受賞されたとのことです。どのような賞なのですか?
アワードは8部門に亘る広範なものですが、私たちはそのうちの1つ「最も革新的なスタートアップ」という部門で賞をいただきました。協業のために現地パートナーが立ててくれたスタートアップが受賞したもので、入居したコワーキングスペースの何十というベンチャー企業から選ばれました。身体障害、視覚障害、聴覚障害といった能力の異なる多様な方達とともに取り組み、大きなインパクトを創っていることが評価されたのだと思います。
ー百田さんの取り組みが、海外で評価された要因は何だと思いますか?
障害者雇用の仕組み自体は日本の方が整っています。海外では、課題意識を持ちながら障害者を雇用している例が少なかったところに、私が障害者と一緒にプロジェクトを行ったり障害者が企業に就職する実例を示したりすることが斬新だったのかなと思います。自分一人でなし得たというよりは、海外の素晴らしいパートナーに巡り合えて、色んな条件が重なり実現できたことだと思います。
ー今後の展望はいかがですか?
現地でのイノベーションプログラム自体は4ヶ月で終わりましたが、思いのほかインパクトを作れ、多くの協業関係もできてきたことから、その後も継続して取り組んでいます。新型コロナウィルスの影響で現在は日本からリモートでプロジェクトを続けています。
ダイバーシティ&インクルージョン(多様性と包摂性)をテーマにした企業向けのバーチャルイベントを複数回開催し、パートナーシップを広げたり、障害者インクルージョンの国際的イニシアチブと連携したりしながら取り組んでいます。
ー障害者の就労と保険にはどのような関連があるのですか?
直接的な関連性で言えば、障害者のための保険を作って欲しい、あるいは障害者も対象にした保険を作って欲しいという話はよくいただきます。いろんなケースがあるので一概には言えませんが、少なくとも障害者の方の就労機会が増え、社会進出がさらに進めば、マーケットとして大きくなります。また、障害者の就労や社会進出を支えていくために企業が果たす役割や期待されていることは大きいですし、セクターや産業を超えて取り組むべき社会課題でもありますから、そこに対して貢献していくことができればと思います。
ー大手企業でイノベーションを起こすコツはどんなことでしょうか?
まだ道半ばで、イノベーション自体を起こせている訳ではありません。今は、その過程にいると思っています。ただ、今の時代は、自社が持つ強みだけから発想するのは限界があり、生活者が持つ課題に徹底的に寄り添って発想することが強く求められていると思います。
日本は超高齢化が進む社会ですし、少子化で労働力が減っていくなど、課題解決先進国としてイニシアチブが取れると思います。生活者のペインポイントに焦点を当てて、机上で議論するだけでなくパートナーシップを組んで実際にトライアルを行い、ターゲットとする顧客に何度も何度も当ててチューニングしていく泥臭いプロセスが重要だと思います。その膨大な努力とプロセスを経て、結果を後から振り返ったときに、「あれはイノベーションだった」と評価されるのではないでしょうか。