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聞いてみた・やってみた

「見えないからこそ、実際に足を運んで体験したい」 視覚障害者3名が語る「私と旅行」

リュックを背負って、山道を歩く人の後ろ姿。

「旅行に行きたいけれど、楽しめるかどうか不安」「いつも同じ場所になってしまう」といったモヤモヤを抱えている視覚障害者の声を聞きます。

晴眼者にとっては、「視覚障害者の旅行」と聞いても、どうやって旅行を楽しんでいるのか想像がつかない人は多いのではないでしょうか。そもそも「視覚障害がある人は一人で旅行に行けない」と思っている人もいるかもしれません。

しかし、視覚障害があっても、それぞれの楽しみ方で国内外を飛び回っている人たちがいます。今回は、旅行が大好きな視覚障害者のみなさんと、「私と旅行」をテーマに座談会を実施。旅行の楽しみ方や旅先での失敗談、旅行に出る前のチェック項目など、たっぷりと語っていただきました。

座談会参加者

北原 新之助(きたはら しんのすけ)さん
網膜色素変性症で視力は両目とも0.05。視野は2〜3度で、夜盲がある。香川県出身、声楽家。国内外問わず飛び回り、旅行では食べることが好き。

紅葉を背景に白杖を持っている、北原新之助さん。
北原さんは、美術館や博物館にもよく行かれるそうです。(写真撮影:Spotlite)

日向 舞香(ひなた まいか)さん
網膜色素変性症で、条件によって人影が分かる程度の弱視。ブラインドサッカー元日本代表キャプテン、パラローイング元日本代表。旅行では、川下りやサップなどのアクティビティを楽しむ。

ウィーンのシェーンブルン宮殿を背景に、Vサインをする日向舞香さん。
日向さんは、旅先で川下りなどのアクティビティを楽しみます。(写真提供:日向舞香さん)

村竹 陽太(むらたけ ようた)さん
レーベル病。両目とも光覚弁で、光の明暗がわかる程度の視力。現在は大手通信会社で障害者採用に従事。旅行好きで多くの場所に足を運び、陸上や水泳の選手として遠征も経験。

公園の木々や池をバックに、白杖を持ち、橋の欄干に腰掛ける村竹陽太さん。
村竹さんは、「困ったら人に相談することが大切」と話します。(写真撮影:Spotlite)

観光、美術鑑賞、川下り。旅行の楽しみ方は十人十色

─これまででもっとも印象に残っている旅先を教えてください。

村竹 大学の卒業旅行で一人旅をしたドイツです。ホテルの手配や通訳は、現地のガイドヘルパーにお願いしました。僕は観光地に行っても景色が見えませんが、ガイドヘルパーから建物や土地の歴史を解説してもらい、楽しんでいます。

ドイツを選んだ理由は、好きな作家・赤川次郎さんの影響です。三毛猫ホームズシリーズなどで描かれているように、赤川次郎作品はドイツでの描写が多いので、ずっと憧れていました。ドイツ旅行初日、レストランで猫が寄ってきたときに、「三毛猫だよ」と教えてもらったときには嬉しくなりましたね。

北原 僕も海外には行っていますが、国内の京都国立博物館は印象に残っています。視覚以外でも楽しめる「触れる展示物」があると聞き、足を運びました。

あまり知られていないかもしれませんが、視覚障害者でも美術館や博物館は楽しめます。京都国立博物館のように触れる展示物や音声ガイドで鑑賞したり、その場の空気感を楽しんだりしていますね。

日向 障害者手帳の所持者は美術館や博物館、温泉などの施設を無料または割引で利用できる場合があるので、私もよく利用しています。

北原 視覚障害者も楽しめる美術館は海外にもありますよね。たとえばウィーンの美術史美術館は、名画を3D化し「触れて鑑賞する作品」として導入した世界初の美術館です。事前予約をしたら、館長さん自らが案内しながら解説をしてくださったんです。

そのほか、絵画に描かれている人物が着用している服の素材見本が用意されていて、生地の風合いやボタンなどを触って楽しめます。日本ではまだあまり見かけたことのない、先進的な取り組みだと感じます。

ウィーン公式オンライン旅ガイドより、バリアフリー旅ガイド

日向 私の旅行はアクティビティが中心です。特に川下りが好きなので、直近の2年で北海道に4回、沖縄に7回行きました。北海道では釧路川や千歳川の川下り、沖縄ではマングローブカヤックを楽しみました。

ほかのツアー参加者はみなさん晴眼者なのですが、「鹿がいるよ」などと周囲の風景を教えてくれて、私一人ではできない経験をさせてもらいました。ただ、視覚障害者のアクティビティは断られやすいのも現実です。

激しい流れの山間の川を複数人でボートに乗って下っている様子。
日向さんは、晴眼者と一緒に川下りを楽しんだ経験を話してくださいました。

一人で歩けることよりも、人に相談できることが大切

─みなさんアクティブに旅を楽しまれていますね。お一人や、視覚障害者同士での旅行も多いようですが、大変だったことはありますか?

日向 急な予定変更があるときは困りますね。全盲の夫と二人で行ったオーストラリア旅行の帰り、搭乗予定の飛行機が欠航になったらしく空港に人があふれていました。モニターの表示や英語の音声でアナウンスされていたようなのですが、私たち夫婦はモニターが見えないし英語もわからないので、状況がなかなか掴めず混乱するばかり。周囲の日本人の雑談に耳を傾けて情報収集をして、どうにか乗り切ったことがあります(笑)。

村竹 ドイツに行ったとき、早朝に目が覚めたので一人で散歩していたら、宿泊先のホテルがわからなくなって1時間ほど彷徨ったことがあります。真冬で雪も降っていたので凍えていたら、たまたま近くにいたガイドの方が見つけてくれてことなきを得ました。

また仙台旅行では、ターミナルで目当てのバスを見つけられず、探しているうちにバスが出発してしまったこともありました。田舎だと電車やバスは1時間に1本あるかないかなので、途方に暮れました。そのときは駅員さんがご厚意で車を出してくれて、無事に目当てのウイスキー工場に行けました。ドイツでもそうでしたが、困ったときは現地の方に助けていただくことが多いですね。

北原 僕も、目当ての観光地や店がなかなか見つからないことがあり、イタリア旅行の際は、ナポリのポンペイ遺跡に行きたくて現地まで行ったのに、道に迷って閉園時間をすぎてしまい、結局行けずじまいだったこともありました。

また、僕は夜盲なので明るいうちにホテルに戻りたいのですが、観光を楽しんでいるうちに日が暮れてしまうことも。ヴェネツィアのサン・マルコ広場から最寄り駅までの帰り道、徒歩40分の道のりを2時間かけて帰ったことを覚えています。水路が多くて足元が悪く、命懸けでした(笑)。

日向 目的地に行けないのはあるあるかもしれませんね。夫と行ったタイのプーケットで、日本語ができる現地の方に「シャロン寺院に行きたい」と頼んでタクシーを呼んでもらったのですが、到着したら「チャロン港」という港だったんです。タクシーを降りて10分ほど歩いてからようやく「まったく違う場所だ!」と気づいたので、慌ててタクシーに戻りました。その後シャロン寺院には行けましたが、余計な出費がかさんでしまいました。

雲一つない青空に、遠くを飛んでいる飛行機と飛行機雲が見える。
さまざまなハプニングも、皆さん楽しそうに話してくれました。

─みなさん明るく話されていますが、大変ですね……。道に迷ったときは、どう切り抜けているんですか?

北原 僕は、今では迷うことを楽しめるようになりました。迷ったからこそ見られる景色や出会える店があるんですよね。

村竹 そうですね。僕は目的地に行けなかったら、諦めて、別の楽しみ方を探します。山梨県の白州工場に行ったときは、別のツアー客に「帰り道がわからない」と相談したことがきっかけで仲良くなり、急遽飲みに行ったことがありました。迷子になって困ることはありますが、人を頼ることで新たなつながりができることもあります。

僕は盲学校に通っていたとき、歩行訓練士から「一人で歩けることよりも、人に相談できることが大切」と教わったので、それを行動に移しています。

北原 周りとのコミュニケーションは大切ですよね。

イタリアの視覚障害者施設を訪問したとき、館長さんからこう言われました。「日本は点字ブロックや音響信号機などの環境が整備されていて、生活しやすいでしょう?イタリアは日本ほどには整備されていないけれど、その分、人が助けてくれるんだよ」と。

実際にイタリアでは、街ゆく人が頻繁に声をかけてくれるんです。旅行をすることで、日本と海外のそれぞれの良いところを学べます。

日向 私はいつもGoogleマップを使いますが、Googleマップは目的地の近くに来ると案内が打ち切られてしまうので、近隣の店に入って目的地の場所を聞きますね。

頻繁に利用する東京駅では、自分なりに頭の中でマップを作りたいと思い、片っ端から店に入って店名を聞いて周りました。どこに何の店があるか把握できれば、道に迷っても知っている店に戻ることで目的地にたどり着けます。

村竹 わかります。僕も駅で迷ったとき、「〇〇に行きたいのですが」ではなく、「〇〇改札はどこですか」と、自分が知っている拠点にとりあえず戻ります。

景色の美しさを共有できないからこそ、足を運ぶ

─旅行に出るとき、事前にチェックすることはありますか?

北原 旅行前は、ホテルへのルートや駅周辺の店、観光地へのルートを頭に叩き込みます。また僕は夜盲なので、たとえば照明の暗いレストランだと料理が見えません。店や観光地の明るさは必ずチェックして、薄暗い美術館や博物館では、現地で案内してくれるガイドさんをお願いしています。

村竹 飛行機や新幹線、バスの予約は、トイレが近い席を選びます。トイレに行きたくなったときに一人でもフラっと行けることは、長時間移動するときの必須条件です。

あとは学生時代、カプセルホテルに宿泊したときに「視覚障害者は風呂が使えない」と言われた経験があるので、風呂の使用可否は事前に確認しています。

北原 ホテルによって、視覚障害者への対応は違いますよね。以前宿泊した岡山のホテルでは、視覚障害者への対応の研修をされていて、部屋への案内も「3歩先に段差があります」などと丁寧に誘導していただけました。一部のホテルや公共交通機関のように研修を取り入れていて親切に対応してくださるのは、日本が誇れる点だと思います。

日向 私はチェックイン、チェックアウト時に対面でスタッフさんが対応してくれるかどうかを事前に確認しています。コロナ禍で「非接触型決済」が増えましたが、私たち視覚障害者にとっては不便なんです。

あとは、搭乗の時間ギリギリに行かないように気をつけていますね。視覚障害者が旅行する際には搭乗に時間がかかってトラブルになるケースもあると聞くので、ゆとりを持って行動するようにしています。

広げた地図の上にカメラやメモ、ガイドブックなどがおいてある。
道順や交通機関、宿のサービスなど皆さんそれぞれのチェック項目があります。

─国内外問わず飛び回っているみなさんですが、最後にこれから行きたいところややりたいことを教えてください。

日向 やっとコロナが落ち着いてきたので、一人でヨーロッパに行こうと考えています。一人での海外旅行は初めてなので、今回はハードルを低くして、「ベルギーでチョコを買う」が目標です(笑)。チョコを買って、世界遺産をひとつでも見られたら御の字ですね。

村竹 僕もヨーロッパに行きたいです。森と湖とお城で構成されたおとぎ話のような風景が広がる場所に行ってみたいので、フランスのロワール地方に足を運びたいですね。あとはオーストリア・シュテファン大聖堂のカタコンベと呼ばれる墓所など、中世を体験できるようなところに惹かれます。

僕は一人でふらっと旅行に出ることはあるものの、うまくいかずにストレスを溜めてしまうこともあったので、お二人の工夫や行動力を見習って旅行をもっと楽しみたいと思いました。

日向 ストレスを溜めてしまう気持ち、わかります。ただ、私たちは得られる情報が少ない分、実際に足を運ぶことに大きな意味がある。晴眼者と景色の美しさは共有できないけれど、経験談や失敗談、現地の空気感は話せますよね。

村竹 たしかにそうですね。たとえばマレーシアでの、まとわりつくような100%近い湿度やスコールの激しさ、ドイツの冷えた空気や日本とは違うサラサラの粉雪も、実際に現地へ足を運んで感じたことです。

北原 実際に体験すると、説得力や達成感を得られますよね。僕は国内外問わず音響信号機が好きで、各地でどんな違いがあるのかを写真や動画に納めています。

オーストラリアのケアンズは、点字ブロックなどはさほど整備されていませんが、ユニークな音がする音響信号機があって印象的でした。これからも国内外を旅行して、いろんな音響信号機を体験したいです。

こうして、僕たちから見た日本や海外の風景や良いところを、多くの方に知っていただければ嬉しいです。

オーストラリア、ケアンズの音響信号。青になると独特なサウンドで知らせてくれます。
(動画提供:北原新之助さん)

(記事内写真素材:Unsplash) ※注釈のあるものを除く

この記事を書いたライター

Spotlite編集部

Spotlite編集部は、編集長で歩行訓練士の高橋を中心に、視覚障害当事者、同行援護従業者、障害福祉やマイノリティの分野に精通しているライター・編集者などが協力して運営しています。

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