東京都新宿区西早稲田にある手と目でみる教材ライブラリーにお邪魔しました。
手と目でみる教材ライブラリー(以下、教材ライブラリー)は、筑波大学附属視覚特別支援学校元教員で独立行政法人国立特別支援教育総合研究所名誉所員の大内進(おおうちすすむ)さんが、2014年に開設されました。
部屋の中には、何点あるか分からないくらい、とにかくたくさんの教材や書籍が揃っています。
今回は教材の一部をご紹介し、大内さんに伺った教材ライブラリーを開設したきっかけや触ることの意義をお伝えします。
手と目でみる教材ライブラリーとは
大内さんが独立行政法人国立特別支援教育総合研究所を退職後、自身の保有する展示物や書籍などをマンションの一室に保管・展示しています。
教材ライブラリーには、以下の4つの役割があります。
内容
アンテロス美術館(イタリア)の東京分館
アンテロス美術館では、絵画の画像を触角可能な形状で半立体的に翻案した「手でみる絵」を制作し、展示しています。アンテロス美術館を運営しているカヴァッツア盲人施設の許諾を得て、この部門では「Museo Anteros di Tokyo:東京アンテロス美術館」という名称を用いています。
「立体模型」等の収集と展示
大内さんが、盲学校教員や国立特別支援教育総合研究所在職中から収集した触覚教材や書籍が展示されています。
海外出張の際、現地の盲人協会や視覚障害関連機関から収集した貴重なものも多数あります。
視覚障害教育に関する資料収集と公開
手でみる本、点字教材関連情報、拡大教科書、視覚障害に関連する文献など、資料的価値の高いものを収集しています。
日本点字図書館「ふれる博物館」との連携
日本点字図書館は、2017年に「ふれる美術館」を開設しました。この博物館の企画と展示に全面的に協力しています。
常設展示や企画展示の各種実物模型には、大内さんが所蔵するコレクションが利用されています。
詳しくはふれる博物館のホームページをご覧ください。
大内さんインタビュー
様々な展示物を体験する前に、教材ライブラリーを始めたきっかけや視覚障害児(者)が『触る』ことの意味について、お話を伺いました。
ーどうして手と目でみる教材ライブラリーを開設しようと思ったのですか?
このライブラリーを開設するにあたり、岩手県盛岡市で「手でみる博物館」を運営されていた桜井政太郎先生に大きな影響を受けました。桜井先生は、「百聞は一触にしかず」という信念のもと、生物標本や建築模型などを視覚障害者に公開していました。
手でみる博物館を見学した多くの人が桜井先生の功績を讃えられていた一方で、一般的な美術館や博物館の改革の歩みはゆっくりとしています。桜井先生が「視覚障害者の中には私の博物館に否定的な人がいる。大変残念なことだ」と仰っていたことが気になっていたということもあり、当ライブラリーを開設しました。
ー視覚障害者が様々な感覚から情報を得る中で、「触る」ことにはどのような意味があるのでしょうか?
視覚障害者が視覚以外から情報を収集する方法は、大きく「触覚」と「聴覚」に分けられます。聴覚は、耳から自然と情報が入ることによって、身につきます。視覚障害者は、通常の何倍速で音声を再生して情報を収集する人も多いです。私は盲学校で長年教員をしていましたが、聴覚の利用については特別な指導法でトレーニングしたわけではなく、誰の成果でもありません。
ー確かにそうですね。その一方で、触覚は特別な指導が必要ということでしょうか。
はい、ものの形や質感など音の情報で限界があることを触覚で補っていきます。しかし、盲学校にも触れる教材は少なく、子どものイメージを豊かにするには物足りないと感じています。
また、成人向けに生活訓練をしている施設でも歩行訓練で触地図を使う機会は少ないのではないでしょうか。言葉で説明する力も必要ですが、触覚を使って空間をイメージすることも大切です。
アイマスクをしてみると、日常的に触っているものでも、認知することが難しく不安になります。歩行に限らず、自信を持って身の回りのものを触ることができるようなトレーニングも必要だと感じます。
ー最近、テクノロジーの発展で音声化が進んでいますが、その中でも触ることは必要性は残っていくのでしょうか。
例えば、視覚障害者に関わる文字で考えてみます。文字を音声で聞くと消えてしまいますが、点字で書かれたものは常にそこにあります。また、音声化は、スマホや専用の再生機などの機械がなければ利用できません。
「中途視覚障害者が点字で長い書物を読めるようになりましょう」ということではなく、日常生活の中で手を伸ばしたときに触って分かる文字があるということは本人の自信にもつながります。触ることは、視覚障害者が新しい知識を得るためのスタートだと思います。
ー大内さんはどうして視覚障害児(者)の教育に興味を持ったのですか?
もともと障害児教育に携わりたいと思って東京都の特別支援学校の教員になりました。数年後、知的障害児の学校に勤務していた時、「盲学校の教員にならないか」というお誘いに返事をしたことがきっかけで採用が決まりました。
盲学校では教科教育を行い、教材開発や工夫次第で、見えない・見えにくさを補う指導ができることに楽しさを感じて、それ以来、視覚障害教育に携わっています。
ーそうだったのですね。これから大内さんが取り組みたいことはありますか?
当ライブラリーで保管しているものをデータベース化して、ホームページで公開する準備をしています。ここに来れば何があるのかを具体的に知ってもらいたいと思っています。触ることの大切さを多くの方に知ってほしいですね。
一人で運営しているので、あまり宣伝しすぎて、手が回らなくならないようにほどほどにします(笑)
教材ライブラリー紹介
実際に大内さんのお話を聞きながら、展示物を説明していただきました。
絵画
こちらは、喜多川歌麿の姿見七人化粧です。鏡に写った様子をアクリル板で表現しています。
アクリル板は取り外すことができ、その下にある顔を触ることで、鏡に映るということをイメージできます。
そもそも、この絵に写っているのはどのような人なのでしょうか。立体的な絵では、人の容姿まで細かく把握できません。
そこで、模型の登場です。和服を着て、髪を整えた女性の模型を触ることで、江戸時代の女性の服装なども学ぶことができます。
それだけでは終わりません。
この絵で大きく描かれているのは、女性の髪です。前髪と後ろ髪を束ねて、かんざしで固定している江戸時代特有の髪型を伝えるために、本物の髪で作られたかつらの登場です。
モナリザや葛飾北斎の富嶽三十六景神奈川沖浪裏なども触って分かる絵画が展示されています。
大内さんは、「絵画の鑑賞を目的にはしていません。絵が存在するということを知ってもらうことが大切です」と仰っていました。
先天性の視覚障害児が絵という概念を知るために活用されていたのですね。
立体模型
法隆寺です。入り口にある南大門を取り外すと、金剛力士像が現れました。
かたつむり。実際に触って確認するのが難しいであろう触角や、甲羅と体の位置関係などを確認できます。
5重の塔が、複数並べられていました。同じように見えても、細かい作りが微妙に異なります。
東大寺の大仏です。同じ縮尺の人間の模型と比べると、大仏がどのくらいの大きさか分かります。
他の建造物なども、それぞれの縮尺に合わせた人間の模型を合わせて用意しているそうです。
こちらは今までの歴史的建造物とは違ったお城。ディスニーランドのシンデレラ城です。
29本の塔があり、細部まで精巧に作られています。
数年前、垂直離着陸輸送機オスプレイの墜落事故が頻繁にニュースになりました。
その時、機体の形や欠陥があった場所まで理解していた人は、少ないのではないでしょうか。
模型を触ることで時事問題への関心も高めることができそうです。
豪華客船や貨物船の模型もありました。
それぞれの船の目的に合わせた形の違いを理解できそうです。
横綱白鵬の土俵入りの様子です。
姿勢だけでなく、化粧まわしやその上の綱も触ることができます。
車の歴史を学ぶことができます。
日本で最初の新幹線の模型です。
座席の向きが変わったり、トイレのドアも開閉できます。細かいところまで作り込まれています。
グランドピアノの内部の構造です。1つの音を出すために、こんなにも複雑な構造になっているとは知りませんでした。
なぜ、単純な構造ではいけないのか、様々な疑問が生まれそうです。
こちらは、内部の構造が縦方向に作られているアップライトピアノと言われるものです。
大内先生は、他の楽器もこれから集めていきたいと仰っていました。
エッフェル塔、東京タワー、東京スカイツリーが並べられています。
同じ縮尺なので、高さを比較をすることができます。
別室には、貴重な書籍や海外の展示物などが所狭しと保管されています。
本間一夫文化賞
視覚障害者の文化向上に貢献した個人・団体に贈る第16回本間一夫文化賞に、大内さんが選ばれました。おめでとうございます。
教材ライブラリーの棚の中に、立派な盾が飾られていました。
利用法
開館日 | 完全予約制です。見学をご希望の方は、電話かメールでご連絡ください。 ※平日、土日は関係なく、日程が調整できる日に開館します。 |
所在地 | 〒169-0051 東京都新宿区西早稲田3-14-2 早稲田ビル3階(早稲田通り郵便局の入っているビルの3階) |
連絡先 | 携帯電話:090-3510-1604 メール:oouchi.nise@gmail.com |
アクセス | ① JR・東西線「高田馬場駅」下車。徒歩12~15分 ② 地下鉄副都心線「西早稲田駅」下車。徒歩7~8分 ③ 都電荒川線「面影橋駅」下車。徒歩5分 |
最後に
手と目でみる教材ライブラリーを見学した1番の感想は、「とにかく楽しい」ということです。
途中から取材であることを忘れて、展示物に夢中になってしまいました。中学生の時、お寺の模型があればもう少し歴史が好きになっていて、あの絵画があればもう少し一生懸命美術のテスト勉強をしていたかもしれません。
視覚障害児(者)にとって、触ることの大切さを伝えることはもちろん、家族や支援者、さらには視覚障害に携わらない人にも多くの気付きがある場所だと思います。
視覚障害の有無に関わらず、誰でも楽しさと学びが得られる「手と目でみる教材ライブラリー」にぜひ足を運んでみてください。