今回は、パン作りと音楽の演奏が楽しめるイベント「ウォルフィーいくちゃんのミュージック・ベーカリー(以下、ミュージックベーカリー)」をご紹介します。
ウォルフィー佐野さん、川口育子さん(いくちゃん)、本間英一郎さんが中心となり、毎月1回、東京都港区の東京都障害者福祉会館で開催しています。
イベントに参加したレポートと、インタビューをお届けします。
体験レポート
ピザ&パン作り
まずは調理室に集まって、手作りのピザとパンを作ります。
全てパン作り準師範の資格を持つ川口さんが考案したオリジナルメニューです。ピザ作りは、生地を伸ばすところから行います。視覚障害者は、ふちを触って形を確認しながら、均一な厚さにしていきます。
この日のピザは、照り焼きチキンピザとマルゲリータです。具材をたっぷりのせて、オーブンへ。
ピザを焼いている間、他の参加者は近況をお話したり、触って分かるオセロをしたり、自由に交流を楽しみます。
ピザの完成です。このあと、手作りのパンも焼きました。部屋中が、美味しそうな匂いでいっぱいになりました。
出来たてのピザとパンを食べながら、談笑します。初対面の人も自然と会話に溶け込み、あっという間に時間が過ぎていきました。
演奏会
別の会議室に移り、全員で楽器を演奏します。
自分の楽器を持ってくる人も、主催者が用意した楽器を演奏する人もおり、音楽経験に関係なく1人1つの楽器を担当するのが特徴です。
ギター、タンバリン、パーカッションなど、様々な音色が響きます。
途中、川口さんによる絵本の朗読や、キーボードを演奏してみたい視覚障害者に佐野さんが直接レクチャーする時間もありました。
最後に、佐野さんがジャズで演奏する「きよしこの夜」に合わせて、みんなで1つの音楽を作りました。
楽譜を暗記してメロディーを演奏する人、打楽器でリズムを取る人、色んな方法で参加できます。
参加者全員から一言感想をもらい、これにて終了です。
インタビュー
主催している川口育子さん、本間英一郎さん、ウォルフィー佐野さんにお話を伺いました。川口さんと佐野さんは視覚障害者、本間さんはガイドヘルパーのお仕事をされている晴眼者です。
ミュージックベーカリーを始めたきっかけや、ピザ作りと演奏会、それぞれに込めた思いなどを伺いました。
ーミュージックベーカリーを始めたきっかけを教えてくだい。
2018年、山梨県富士河口湖町で行われたイベントに参加しました。このイベントは、インクルーシブな社会の実現を目指し、様々な障害を持つ人たちと街歩きをして問題点を見つけるものでした。イベントの一環で、ほうとうの手作り体験を行いました。参加者が粉をこねて、伸ばして麺にして、みんなでそれを食べるという体験がとても楽しかったのです。
ーどのようにミュージックベーカリーにつながったのですか?
ほうとう作りの話の流れで、元々、川口さんが自宅でピザを作っていると聞き、翌年、3人でピザ作りをしました。準備しておいた生地を伸ばして、ソースを塗り、具材を乗せて焼きました。視覚障害者でも生地のふちを触って確認すれば、ソースを塗ったり具材をのせることができます。佐野さんが「こんなに楽しいことを僕たちだけでやっていいのでしょうか。みんなでやりましょう」と提案したのが始まりです。そこから会場を探して、2019年4月に第1回ミュージックベーカリーを開催しました。
ーミュージックベーカリーで大切にしていることは何ですか?
他の視覚障害者の活動と1番違うと考えているのは、遊び心を大切にしていることです。真面目なトピックを学ぶ機会は必要だと思うのですが、「視覚障害者は何をして遊んでるんだろう」と時々思います。私たちは、ミュージックベーカリーを遊びに来るような感覚で参加できる場所にしたいと考えています。福祉会館の受付の方が、「皆さん、来た時と帰る時で顔つきが違います。いい笑顔でお帰りになられますね」と言われたことがあるように、目標は皆さんが笑顔でお帰りいただくことです。
ーパン作りと音楽会、それぞれユニークな活動が合わさっているイベントだと思います。パン作りで意識されていることがあれば教えてください。
コンセプトは、ここでしか食べられないものを作ることです。例えば、豆パンの場合、これ以上豆が入らないというくらいたくさん入れてみたり、カレーパンの中に入れるスパイスをこだわったり、市販のものでは味わえないものを手作りしています。
ーこだわりがあるのですね。演奏会に対しては、どのような思いがありますか?
ジャズという音楽は私(佐野さん)にとって特別なものです。ジャズは、他の音楽のように長い時間をかけて準備したり、才能のある人が名曲を書いたりしなくても、誰でも即興で参加できる音楽です。文化的な約束はいくつかありますが、一緒に音を出して演奏できます。私は、学生の頃にテキサスへ留学し、言葉は分からなくても音楽で感覚を共有できるということを知りました。私が経験した音楽の共有感を味わえる場にしたいと考え、音楽会を行っています。
ー参加者で感覚を共有することができる場所は貴重かもしれません。
日本でジャズをやろういうと、楽器に精通している人からは「ジャズは難しい」と言われ、楽器をやらない人には「音楽は苦手だから」と言われてしまいます。そんな中、ミュージックベーカリーでは、音楽の経験に関係なく一つの音楽を演奏できる上に、ピザ作りを通して、同じものを食べながらお話するという体験も共有できます。音楽と食事、二つの面で感覚を共有できることが素敵だなと思います。
ー参加者の様子で印象に残っていることはありますか?
ピザを作る経験をしたことがない視覚障害者は、とても喜んでくれています。視覚障害者が1からピザを作る機会は普段無いですよね。健常者と一緒の場面では、「周りの様子を聞くと疎ましく思われるのではないか」と考え、分かったふりをしてしまったり、「視覚障害者は触らないように」と言われることがあります。見える人も見えにくい人もとても楽しそうにピザを作る様子を見ると、私たちも嬉しくなります。
ー皆さんを受け入れるという温かさを感じました。
この場所が、色んな人のつながる場になればいいなと思っています。何度も参加しているガイドヘルパーの中には楽器を持参してくれるようになった人もいます。実際に楽器を演奏しますが、音楽が得意でなくてもいいのです。音を外したり、タイミングを間違えたりしても、それらを含めてその時その空間でしか生み出せない私たちの音楽になるのですから。参加者全員が「自分も楽しめた」と感じてもらいたいです。
ー今後、取り組みたいことはありますか?
この会は2019年4月の初開催以来、新型コロナウイルスにも負けず、大勢のファンの皆様に支えられてこれまで19回開催してきました。主催者一同、感謝の気持ちでいっぱいです。
まずはこのイベントを継続していきたいと思います。場所を変えたり、オンラインにしたり、新しい生活様式に合わせて柔軟に対応する必要はあるかもしれませんが、この共有感を味わえる場所を定期的に作りたいです。
今、仙台の友人が現地でミュージックベーカリーのようなイベントを開催したいと相談してくれています。しかし、ピザを焼くためのオーブンが使えて、楽器も演奏できる場所はとても少ないのです。もし、いい場所を知ってるよという人がいたら教えてもらえると嬉しいです。
ーぜひ全国に広がって、多くの人に共有感を味わってほしいです。
最終的には視覚障害者が1人でも来たいと思える場所になるといいですね。今は「ガイドヘルパーと一緒でないと参加できない」「1人では出歩けない」という人が、「誰かの手を借りなくても参加したい」と思えるイベントにしていきたいです。その結果、1人で街中を歩く視覚障害者が増えて、それを見かけた人が「何かお手伝いできることはありますか?」と自然に声をかけ合えるきっかけになれたらいいなと思います。
まとめ
「中途失明して以降、1番頼りになるのは音です。私たちにとって音は必要で、音がある世界は楽しいです。ここに来れば、心が和みます」
参加者の1人が、最後に仰っていた言葉が印象に残りました。
ミュージックベーカリーは、パン作りと音楽演奏を通して、障害の有無に関わらず皆の心が通じ合う場所でした。ぜひご参加ください。
問い合わせ先
ミュージックベーカリーは、毎月1回、東京都障害者福祉会館で開催されています。
新型コロナウイルスの影響で、現在、不定期開催となっています。直近の予定はお問い合わせください。
事務局:honma1963@gmail.com (担当:本間さん)