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ロービジョンケアとはどんなもの?井上眼科病院の専門職の方々に伺いました

笑顔でインタビューに答える、石原さん、永沼さん、中津さん

ロービジョンケアをご存知ですか?

井上眼科病院では、医師や看護師のほか、さまざまな得意分野を持つメンバーが連携してロービジョンケアに取り組んでいます。

今回は、井上眼科病院で行うロービジョンケアの内容やメンバーごとの役割、ロービジョンケアへの考え方について、視覚障害、網膜色素変性症の当事者であり、ITサポート業務を担う石原純子さん、視能訓練士の中津愛さん、ソーシャルワーカーの永沼加代子さんにお話を伺いました。

参考:井上眼科病院 / お茶の水・井上眼科クリニック (東京・御茶ノ水)(外部リンク)

ロービジョンケアとは?井上眼科病院の実践

ロービジョンケアとは、「視覚に障害があるため生活に何らかの支障を来している人に対する、医療的なケアから教育的、職業的、社会的、福祉的、心理的ケアまで、広い範囲にわたる支援」のことです。

参考:日本眼科医会「ロービジョンケア」(外部リンク)

井上眼科病院は、ロービジョンケアが必要な患者さまを対象に、①医師による「ロービジョン外来」②補助具の選定やITサポート、ソーシャルワーカー面談を行う「目の相談室」のふたつによって、医師、看護師、視能訓練士、ソーシャルワーカーとも連携し、ロービジョンケアに取り組んでいます。

「ロービジョン外来」および「目の相談室」の役割

  • 視機能の評価
  • 身体障害者手帳の申請、等級変更の相談
  • 補助具の選定、IT機器の紹介
  • 社会資源の活用、訓練や患者会との連携

井上眼科病院のロービジョンケアの特色は、視覚障害当事者の石原さんがチームの一員として加わっていることでしょう。石原さんは患者にIT機器の使い方を教える「ITサポート」という業務を担当しています。

石原さん「私が雇用された当時は、眼科専門病院で視覚障害者が働き、ピアカウンセラーのような役割をする業務形態は珍しかったと思います。私は患者さまと同じように視覚障害がある立場から、当事者目線でIT機器の使い方を教えたり、情報提供をしたり、という役割です」

各メンバーが自分の強みを活かして患者を支援

青いカーディガンにマスク姿でお話しする石原さん
視覚障害、網膜色素変性症の当事者であり、ITサポート業務を担う石原純子さん

ITサポートの石原さんは、医師や視能訓練士から依頼のあったロービジョン患者に対して、1時間程度の予約制のカウンセリングを行い、iPhoneやiPadを中心にパソコンの簡単な視覚補助機能などのIT機器の使い方を伝えています。また、便利グッズを紹介したり、生活の中で役立つ知恵をシェアしたりすることもあります。しかし、石原さんの仕事はそれだけではないと言います。

石原さん「私の最も重要な役割は、当事者の立場で、つらさを抱えた患者さまの気持ちを受け止め、話を聞くことです。そして、まだできることはあるということに気付いてもらえるような働きかけをし、一歩踏み出せるきっかけをつくることだと考えています」

視能訓練士の中津さんの主な仕事は、眼科医から依頼された検査を行うことです。拡大鏡や遮光眼鏡などの補助具を検討したり、場合によってはITサポートやソーシャルワーカーなどにつなぐこともあります。

中津さん「私たちが病気を治すことはできませんが、患者さまの見え方を理解して、日常生活をなるべく快適に過ごせるようサポートすることは可能です。院内はいつも混雑していますが、患者さまにとっては毎回が貴重な検査です。

ただ単に検査をして終わるのではなく、一人ひとりの背景を想像して困りごとを医師などと情報共有できるよう心がけています」

白衣の上にカーディガンを羽織って、手ぶりをつけながら話す中津さん
視能訓練士の中津愛さん

ソーシャルワーカーは、介護、福祉、産業、教育などの分野において、医療と各領域の橋渡しをする仕事です。ロービジョンケアという枠組みのなかでは、療養環境を整えるのが主な役割となります。永沼さんの場合は、生活が立ち行かない人、リハビリに行けない人などの経済面・生活面の支援をすることが多いそうです。

永沼さん「社会福祉士だけでなく、精神保健福祉士の資格も持ち精神科で働いた経験もあるので、メンタル面のサポートにもよく携わっています。

障害のある方のメンタル面のサポートでは『障害受容』という言葉が使われがちですが、私は『生活に適応すること』をより重視しています。生活が危機状態に陥っている人の場合は、まず安定して生活できるようにしてからリハビリにつなげる、というアプローチを取っています」

彼女たちだけでなく、院内には医師や看護師をはじめ、さまざまな専門職の方たちが働いています。それぞれの専門性を発揮し、ロービジョンケアを提供しています。

パソコンを前に、白衣姿で話す永沼さん
ソーシャルワーカーの永沼加代子さん

メンバー間ではどのように連携を取っている?

常に連携を取りながらロービジョンケアにあたっている石原さん、中津さん、永沼さんに、お互いの印象や助けられていることを聞いてみました。

石原さん「中津さんとはもう10年、ともにロービジョンケアを深めてきました。目の検査のスペシャリストなので、患者さまの視機能の状態や補助具についてよく教えてもらっています。検査も上手で、私もここで検査するときは中津さんにお願いしています。患者さまのちょっとした変化に気づくのも抜群に上手いですね。

永沼さんはメンタル面に不調を抱えた方のサポート経験が豊富なので、そうした患者さまの対応をするときは相談して意見をもらっています。それ以外の患者さまの対応の前も、事前の情報で少し気になるところがあれば、方向性について相談しています」

中津さん「当院には遠方からも患者さまが来院し、様々な困りごとをかかえていらっしゃいます。それぞれの困りごとに対し苦慮する場面もありますが、幅広く情報や知識を持っている石原さんや永沼さんに、患者さまへの情報提供や対応についてよく相談させてもらっています」

永沼さん「私はここに来るまで視覚障害者の方と接する機会があまりなかったので、石原さんと出会って初めて、見えにくい方と接するときに気をつけることを学ばせてもらいました。

例えば、私はよく『こそあど言葉』を使っていたのですが、石原さんはその都度『あれ、これと言われてもわからないよ』と嫌味なく伝えてくれました。そのおかげで、自分の中にあった視覚障害者との関わりの障壁が、限りなく0に近づきました。

中津さんは、手帳や年金の取得に大きく影響する視力検査の結果について、非常に的確なアドバイスをしてくれます。視野検査は2種類あるのですが、『この患者さまの場合はもう一方でやってみたらどうですか』と言ってもらい、それが患者さまの支援に活きることもあります」

複数の視力表等に1から12までの番号が振られている検査室。
視覚検査が行われる部屋

ロービジョンケアの難しさ

井上眼科病院ではロービジョンケアに積極的に取り組んでいますが、難しさを感じることもあるといいます。

見えにくい人に情報が届かない

みなさんが口を揃えるのが、見えにくい方に情報提供をすることの難しさです。院内にチラシなどを掲示しても気づいてもらいづらく、関連施設を紹介しても、普段行かない場所には足を運びにくいという状況があります。また、身体障害者手帳の交付条件に該当していないと支援を受けにくい場合もあり、見えにくさが軽度の場合、相談することに躊躇してしまいます。その結果、不便を感じながらもやり過ごしている方がまだまだいるそうです。

石原さん「必要としている人に、情報を伝えるためにはどうしたらいいんだろう?と皆で考えてきました。支援機関などの情報を伝えても、つながれず不便さに悩みながら生活している人も少なくありません。そこで、いつも通院している病院で気軽に情報や支援機器に触れる機会を作れないかと、今後必要になるかもしれない方に向けての啓発を兼ねて開始したのが『見えにくさ相談会』です。今は3、4カ月に1回くらいの頻度で開催しており、西葛西・井上眼科病院でも実施しています。

これは、中間型アウトリーチといって、通い慣れた病院に専門家を招き、視覚障害者に支援やサービスを提供する仕組みです。日本点字図書館や、視覚障害の機器を扱う業者の方にご協力いただき、専門の指導員さんに、白杖、ルーペ、拡大読書器等の使い方の指導を受けることができます。ほかにも、便利グッズの展示、最新機器の体験を行っています。

患者さまのために始めた相談会でしたが、職員にもロービジョンケアに関心を持ってもらう機会になっているので、大変ですが、やってよかったと思っています。」

井上眼科病院のパンフレット。以下に内容を記します。
タイトル「見えにくい方と安心して過ごすための工夫」
内容
「場面に合わせた具体的な工夫をまとめました。
当事者の方、そのご家族の方、周囲に見えにくい方がいらっしゃいましたら、ともに快適に過ごせるように参考にしていただけたならと思います。」
続けて箇条書きで、以下の内容
「日常生活での工夫、食事・調理時の工夫、見えにくい方への接し方、、見えにくさに配慮した商品」
(画像提供:井上眼科病院)

また、院内には医師、看護師、視能訓練士、ソーシャルワーカー、事務職員、ITサポートからなるロービジョンケア連携会議という部会があります。その部会が構想を練り、患者さまやそのご家族を対象とした「見えにくい方と安心して過ごすための工夫」という冊子を作成し、必要な方に配布し、情報提供する方法も取っています。

本人が前向きに取り組めないこともある

周囲がロービジョンケアを勧めても、本人が自分の見えにくさを受け入れられず、前向きになれないこともあります。

中津さん「私たちにできるのは病気を治す治療ではなく、ロービジョンケアを通して生活の質を高めることです。しかし、視機能の状態によっては『読みたい』『見たい』という希望を十分に叶えられないこともあります。 また、患者さまが『自分にはまだ必要ない』『どうせできない』といった気持ちで消極的になっている場合があります。そのような方にも、ロービジョンケアを受けることで日常生活での楽しみや自力でできることが増えると知ってもらえるよう、粘り強く関わるように心がけています」

笑顔でインタビューに答える、石原さん、永沼さん、中津さん
良い関係性でロービジョンケアが提供されていることが窺えるインタビューでした。

視覚障害者が声を上げられない

視覚障害者は、日常生活や社会との関わりのなかでさまざまな障壁を感じています。しかし、社会からの偏見や差別、抑圧にさらされることで、直面している問題を、社会の側ではなく自分自身の問題だと捉えやすくなるといいます。

問題が自分の側にあると捉えがちになると、自己嫌悪が強くなり、自ら言葉を発するのが難しくなります。「何を言っても無駄だ。どうせ変わらない」という心理に陥り、よりよい生活を送ることを諦めてしまうのです。

永沼さん「患者さまに『これっておかしいですよね』といった現状を良しとしない言葉が多くなってきたら、良い傾向だと私は感じます。

『もう十分やっていただいてますから』『今の福祉で満足です』とおっしゃる方も多いですが、その奥にはまだ言語化できていない気持ちがある場合が多いのです。当事者の方には、社会の側にもさまざまな問題があること、それを変えるためには当事者が声を上げることが大事だと気づいてもらいたいですね」

周囲が心配しすぎてしまう

視覚障害者の周囲の方のなかには、見えないことを心配し、何もさせられない、危ないからじっとしていてほしいと考える方もいます。石原さんは、そうした関わり方が本人の可能性を狭めてしまうこともあると指摘します。

石原さん「以前自分でやっていたことをもう一度できるようになることは、生きる力につながるのです。患者さまにとって、助けられることは、必ずしも嬉しい面ばかりではないのです。周囲の方には、本人が自分でできることを増やせるような見守りと、辛抱強くつきあうことをお願いしたいです。」

未来に希望を持てるように

ロービジョンケアは、治療に限った領域の取り組みではありません。治療で視力が上がらない場合でも、本人が希望を持って生きていけるよう、多面的な関わりによって提供されます。

石原さん「ロービジョンケアは、見えにくいことで生じる生活上での不便さを減らし、生活の質を上げ、その人らしく生きていくための手段を身に付けていくものだと思っています。見えにくい状態のままだと、私も経験しましたが、生活の質が下がって気分も後ろ向きになり、毎日を楽しめなくなってしまうのです。

もちろん、ロービジョンケアを受けても見えるときと同じ生活にはなりません。それでも、先々の見通しが立ち、未来に希望を持てるようになるのは大きな変化だと考えています」

院内にあるたくさんの工夫を紹介していただきました

最後に、井上眼科病院のいろいろな工夫を写真でご紹介します。
参考:井上眼科病院 / お茶の水・井上眼科クリニック (東京・御茶ノ水)(外部リンク)

黒地に白い文字で「患者さまへ」と書かれた張り紙。
張り紙は、視認しやすいように工夫されています
文字も大きく、場所別に色分けがされた案内マップ。
フロアマップに、黄緑とオレンジの色分けがされています。
黄緑色のソファが並んだ待合室。
フロアマップの色分けは、ソファの色と対応しています(写真提供:井上眼科病院)
ドアがついた小さめの部屋に机があり、向かい合って椅子が3つおいてある。
面談などを実施する部屋
筆書きの古い書物などがガラスケースに入って展示されている様子
貴重な資料が展示されているスペースもあります。(写真提供:井上眼科病院)
「見えにくさ相談会」の文字が壁に貼られていて、便利グッズや機器類がならんでいる様子
「見えにくさ相談会」の風景です。(写真提供:井上眼科病院)

以下のリンク先の記事では、ITサポートを担う石原純子さんが、今の仕事をするうえで大切にしていることなどを伺っています。関心のある方はぜひお読みください。
参考:石原純子さんが井上眼科病院でピアサポートを始めてからの10年 | Spotlite(内部リンク)

記事内写真撮影:Spotlite(注釈のあるものをのぞく)
取材協力:遠藤光太

この記事を書いたライター

Spotlite編集部

Spotlite編集部は、編集長で歩行訓練士の高橋を中心に、視覚障害当事者、同行援護従業者、障害福祉やマイノリティの分野に精通しているライター・編集者などが協力して運営しています。

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