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啓発

視覚障害の新入社員、家探しのその後。自然と社会に溶け込むために。

三輪くんが高橋さんの肘を持って誘導されている後ろ姿の画像
記事内写真:Spotlite

こんにちは、スポットライトの高橋昌希です。

前回、視覚障害の新入社員が家を探す過程をご紹介しました。

電話口で門前払いされたり、鍵がタッチパネルの物件に案内されたり、初期費用を振り込んだ後に契約を断られたり、紆余曲折ありながら無事に家は決まりました。

https://spot-lite.jp/iesagashi-zenpen/


「視覚障害者の家探しって大変なのですね」という感想を頂きましたが、伝えたかったのは別の部分です。
そもそも、視覚障害に関わる仕事をしていながら、現状を言われるがままに受け入れるしかなかった私に責任があります。

今回、視覚障害者の家探しで苦労した本質的な原因を仮定し、解決に向けた私たちなりのアプローチをお伝えします。正しい方法かどうかは分かりませんが、何かのきっかけになれば嬉しいです。

スムーズに家を借りるためには?

本題に入る前に、私の経験を踏まえて視覚障害者が物件探しをスムーズに進めるためのコツをいくつかお伝えします。

1.大家さんと直接交渉できる物件を探す
大家さんと入居者の間には、物件を管理する「管理会社」や、契約の仲介をする「仲介業者」が関わっている場合があります。
その場合、交渉する相手が増えることと、書類上での審査が必要になり、視覚障害を理由に断られる可能性が高まると感じました。

三輪くんの入居が決まった物件は、仲介業者が大家さんと直接連絡できる関係にありました。大家さんと仲介業者との信頼関係があったからこそ、一言で入居が決まったのだと思います。

視覚障害者がスムーズに契約を進めるという点では、大家さんから直接募集がある物件や、仲介業者が管理会社を兼ねている物件を優先して探すのがいいかもしれません。大家さんと直接交渉できる物件のみを取り扱っているサイトもあります。


2.複数の仲介業者と交渉する

物件が決まるかどうかは、担当者の障害に対する理解度や交渉能力に大きく影響されると感じました。特定の仲介業者しか紹介できない物件もありますので、複数の仲介業者で話を聞くのが良いと思います。


3.具体的な見え方や困りごとを正確に伝える

視覚障害者に全く接したことがない人が、いきなり「視覚障害者」と聞くと先入観でネガティブなイメージを持つ方が多いようです。例えば、「火事は大丈夫なのか?」「1人で移動できるのか?」など、不安になるとよく聞きます。
そのため、見え方や日常生活の様子を分かりやすく伝える必要があります。できることとできないことを伝え、大家さんや管理会社が不安に感じる点を1つ1つ解消していく努力は欠かせないと感じました。

三輪くんと高橋さんが駅前の階段を降りている画像
仕事終わり、三輪くんと帰宅する

法的な観点から

今回の問題の解決策を、法的な観点から考えてみたいと思います。

合理的配慮の提供を民間事業主に義務付ける改正障害者差別解消法が2021年5月、参議院本会議で可決、成立しました。これまで、合理的配慮の義務付けは国や自治体のみで、民間事業者には努力義務となっていましたが、今回の改正によって、今後は義務として、配慮提供が求められることとなります。(中略)
改正法は公布日(2021年6月4日)から起算して3年以内に施行されます。

引用:Challenge LAB

合理的配慮とは、障害者の有無に関わらず誰もが平等な人権を享受するために、場面や困難に応じて個別の調整や変更を行うことです。

この度の改正障害者差別解消法のように、障害者を取り巻く法律が整っていくことは欠かせません。

ただ、もし仮に今回大家さんに入居を断られた時、この話を伝えて「法律で義務化するのなら」と認めてもらえれば、皆さんは入居するでしょうか。

自治体の相談窓口

この件を弁護士に相談すると、東京都には「東京都障害者差別解消条例」という条例があることを教えてくれました。東京都の広域支援相談員が対応し、民間事業者に助言等を行えるそうです。
参考:障害を理由とする差別に関する相談窓口(東京都保健福祉局HP)

今回の物件が東京都ではなかったため、当該地域の自治体の窓口に連絡し、メールで改善の要望を出しました。しかし、返信はありません。

自治体への情報提供は最低限行うとして、議員や弁護士でない限り、私たちは他にやるべきことがあるのではないか、と思うのです。

机の上にパソコンとノートと眼鏡が置かれている画像
机上でできることは限られている

具体的に何ができるのか?

大家さんと直接交渉できる物件を探すという方法は、理解ある大家さんに出会う確率を高めているだけで根本的な解決にはなっていません。法律の改正や自治体への情報提供は、私たちが直接どうこうできる話ではありません。

視覚障害を理由に安易に入居を断る人を1人でも減らすためにできることを考える必要があります。

今回、なかなか家が決まらなかったのは、大家さんや管理会社の担当者が「これまので視覚障害者と接したことが無かったこと」が大きな原因ではないでしょうか。そのための解決策として「視覚障害者が自然と社会に溶け込む環境を作ること」が大切だと考えています。

三輪くんはこのサイトでインタビュー記事を掲載しているのに、誰一人として知りませんでした。
「まあ当然か」と思いたくなりますが、そう思っているうちはいつまで経っても現状は変わらない気がしています。

大家さんが、「スポットライトの三輪さんの記事、読みました。見え方と病気は理解して、視覚障害については問題ないのですが、ギターを弾くそうですね。楽器の演奏ができる物件のほうが良いですか?」と言わせるくらいにならなければいけません。

今回、縁がなかった物件はどれも素晴らしいものでした。
視覚障害者の入居を断った皆さまにも自身や家族の生活があり、現状で考えうる最善の判断をされたはずです。 そのため、「大家さんや管理会社の理解がない」「障害者を差別するな」と一方的に責めるのはナンセンスです。

合理的配慮が必要なことは、福祉に携わる人であれば誰もが理解しています。でも現状、社会の中で浸透していなかった。それが全てです。

三輪くんと高橋さんが横並びに座り笑顔で作業している画像
三輪くんの存在を通して気づくことは多い

歩行訓練士の立場から

自戒の念を込めて、歩行訓練士を始めとする視覚障害者と関わる皆様に伝えたいことがあります。

「目の前の仕事だけで満足していませんか?」ということです。

福祉サービスは、障害者の自立と社会参加のために欠かせないものです。救われる人たちがたくさんいます。
ただ、そのサービスの先に、どのような社会課題をどのような方法で解決していくかまでを意識していく必要があると感じたのです。

かくいう私が、目の前のことだけで満足していました。

歩行訓練士として働いていた時のことを振り返ると、毎日の訓練のことだけを考えていました。その後の活動でも、視覚障害業界のネットワークを抜け出せていなかった気がしています。

そして、三輪くんの家探しで苦労しました。いざという時に1番身近な視覚障害者の力になれなかったのは、私たちの接点がない場所に社会課題がたくさん残っているからです。

これは目の前の視覚障害者をないがしろにするということではありません。一人一人に最高のサービスを提供するという前提の上で、個別性の高い専門職だからこそ、自分の仕事と社会課題をつなげる想像力が大切だと思うのです。
そのためには、「目の前だけで満足していないか?」と常に問い続ける必要がありそうです。

私たち、視覚障害者の近くにいる人たちが社会に目を向けない限り現状は変わらないということが、今回の最大の反省点でした。

講習の中で講師が白杖の先端について説明している画像。
それぞれの立場からできることを考えたい

事業主としてできること

仕事場で社会に溶け込む

家探しとほぼ同時進行で、シェアオフィスを借りました。

マンションの一室を事務所にしなかったのは、三輪くんがシェアオフィスに出入りすること自体、社会に対する一つのアプローチになると思ったからです。シェアオフィスには、エンジニアやデザイナーなど、福祉とは全く違う分野の人たちが入居されています。

しばらくして、三輪くんに「新生活、どう?」と聞くと即座に「最高です」と返ってきました。元気そうで何よりです。

シェアオフィスの共用スペースのソファーでパソコンを操作する三輪くんの画像。
シェアオフィスの共用部で作業をする三輪くん

シェアオフィスにはカフェが併設し、共用スペースのカウンター越しにそのまま注文できるようになっています。

三輪くんは知らぬ間に裏メニューのスコーンを頼むようになっていました。行きつけのパスタ屋さんでは、財布から小銭を出すのに時間がかかっていると店主が手伝ってくれるそうです。

最近、三輪くんはスコーンを頻繁に頼んでおり、店員さんと仲良く話している姿を見かけます。

こんなことで何が変わるかは分かりませんが、私たちの周りで視覚障害者と接する人を増やすことが1番の近道だと考えています。

シェアオフィスに併設するカフェで店員さんからスコーンを受け取る三輪くんの画像
カフェの店員さんからスコーンを受け取る三輪くん

社内制度で社会に溶け込む

最近、三輪くんと目標設定の話をしていた時、「どんなボーナスが嬉しいか」という話になりました。

結論は『お金より自己表現』です。三輪くんにとっては、例えば30,000円を現金でもらうより、30,000円分のワーケーションの利用権の方が嬉しいようなのです。

※ワーケーションとは、「ワーク」と「バケーション」を組み合わせた造語。観光地やリゾート地でテレワークを活用し、働きながら休暇をとる過ごし方です。(引用:Wikipedia)

色々な街に三輪くんが白杖を持って出かけ、食事をして泊まって帰る。その過程で、三輪くんを見かける人や会話する人が増えればと思います。

「ボーナスで働かせようとするな」「自分の好きに使わせてほしい」と言う意見もあるでしょう。
ただ、三輪くんは1998年生まれの23歳。社会貢献への意識が高く、細かい雇用条件より自分の理想像を追い求める様子が伝わってきます。

「ワーケーションにはとても興味がありました。お金をもらってもすぐに使ってしまいます。それより会社としてワーケーションを後押ししてくれていると思える方が断然嬉しいです」と言うのです。

これからはボーナスでただお金を支給するより、会社のメッセージを込めて様々な形を検討した方が良さそうです。

ワーケーションを推進しすぎて、せっかく苦労して探した家に三輪くんがほとんどいないということになれば面白いです。
その分、三輪くんが色んな街に溶け込んでいるということだからです。

今後、別の視覚障害者が家探しをした時、近所の人から「この近くには、以前三輪くんという男性が何泊かして、視覚障害のことを少し話したことがあるんです」と声をかけられたら…
そんな街ができるまで、たくさんワーケーションを行いたいと思います。

今は新型コロナウィルスの影響で実行するのは難しいですが、感染拡大が落ち着いた時、すぐに実現出来るよう今から制度を準備しておきます。

日の陰った公園で立っている三輪くん横顔の画像
三輪くんとともにできることを考えていく

最後に

今回、視覚障害者の賃貸物件がなかなか見つからなかったことが発端になり、様々な経験ができました。
大家さんや管理会社の担当者が視覚障害者のことを知るだけで、課題が全て解決するとは思いませんが、1つのきっかけにはなるはずです。

誰もが暮らしやすい社会になるかどうかは、私たちの行動次第です。

ここだけの話、私はシェアオフィスでコーヒーとオレンジジュースしか頼んだことがありません。歩行訓練士のことも、もっと知ってもらわなければいけないはずなのに、社会に混ざり損ねていました。

視覚障害者や歩行訓練士の存在が当たり前の社会になるよう、まずは身近な人とのつながりを広げていきます。

今度、三輪くんオススメのスコーンを食べながら、ワーケーションの行き先を相談したいと思います。

公園で高橋さんが笑顔で立っている画像。
まずは身近なところで自分にできることから

この記事を書いたライター

高橋昌希

1991年香川県生まれ。広島大学教育学部卒業後、国立障害者リハビリテーションセンター学院修了。視覚障害者のための福祉施設での勤務を経て、ガイドヘルパーの仕事を行う。教員免許(小学校・特別支援学校)を保有。歩行訓練士。Spotlite発起人。

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1991年香川県生まれ。広島大学教育学部卒業後、国立障害者リハビリテーションセンター学院修了。視覚障害者のための福祉施設での勤務を経て、ガイドヘルパーの仕事を行う。教員免許(小学校・特別支援学校)を保有。歩行訓練士。Spotlite発起人。

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