パラリンピックに4度出場し、金メダルを含む4つのメダルを獲得。現役引退後もブラインドスポーツクラブ「乃木坂ナイツ」を立ち上げ、選手・指導者として走り続ける葭原滋男さん。今はみつきのスタッフとしても関わる葭原さんに、アスリートと同行援護の関係、そしてみつきだからこそできることを聞きました。
葭原滋男(よしはらしげお)さん 乃木坂ナイツ元代表/みつきスタッフ
1962年東京都杉並区生まれ。埼玉県鶴ヶ島市育ち。10歳の頃に網膜色素変性症であることが判明。22歳の時に、障害者手帳を取得する。1996年のアトランタパラリンピックでは走り高跳びで銅メダル、2000年のシドニーパラリンピックでは自転車競技の2種目で金メダルと銀メダル、2004年のアテネパラリンピックでも自転車競技で銀メダルを獲得した。2011年に、ブラインドサッカーチーム「乃木坂ナイツ」を立ち上げ指導者としても活動。その他、ブラインドサーフィンといった新たな障害者スポーツの領域にも挑戦している。
選手とガイドヘルパーの連携プレーで感動も

─走り高跳びや自転車競技、ブラインドサーフィンなど、さまざまなスポーツをされてきた葭原さんですが、現役でスポーツを続けていらっしゃるんですよね。今はどんな競技を?
ブラインドサッカーが中心です。2011年に立ち上げた乃木坂ナイツというチームで、メンバーと水曜の夜に集まるのが基本で、あとは隔週で土日のどちらかに活動しています。
水曜の夜の練習は2005年頃から続いているんですよ。当時都庁に勤めていて、水曜がノー残業デーだったので「みんなで集まろう」と声をかけたのが始まりです。
サーフィンやスキー、タンデムサイクリングも趣味程度で今もやっています。
─葭原さんはどんなシーンで同行援護を使っていますか?
乃木坂ナイツのメンバーは現在約30人いて、うち視覚障害者は10名。約20名いる晴眼のメンバーは、ほとんどがガイドヘルパーの資格を持っています。
みんなで駅に集合して、メンバーにガイドしてもらいながら練習会場まで行き、練習のサポートをしてもらい、またガイドをしてもらいながら駅まで帰っています。
─ブラインドサッカーの練習や試合中、ガイドヘルパーはどんなサポートを行うのでしょうか?
一緒にボールを蹴ってプレーするメンバーもいます。また、ボールが止まっている時の位置を伝えてもらったり、荷物の場所を教えてもらったりしています。音が鳴るボールを使うブラインドサッカーでは、動いているときは音がするのですが、止まると聞こえなくなります。ほんの1〜2メートル先でも自分では見つけられません。そこをさっと声で伝えてもらったり、練習中であればボールの音を鳴らして場所を教えてもらったりするだけで、競技のしやすさが全然違うのです。
ヘルパーのガイドでゴールを決めたときは、連携プレーに感動してすごく盛り上がりますよ。
─アスリートのガイドをするにはスポーツの知識がないと難しいと思っていたのですが、そんなことはないのでしょうか?
サッカーのルールを全然知らなくても大丈夫だし、走るのが苦手でも声がでかければいい(笑)。ヘルパーをどうチームの力に変えるかを考えるのも、チーム運営のおもしろさのひとつです。実際、乃木坂ナイツには「自分はガイドヘルパーなので」と最初は少し距離を置いていた人が、じわじわとチームの一員になっていった例がいくつもあります。最近も、ある選手のガイドで来た方がそのままチームに加入したことがありました。
街での誘導も同じです。アスリートは身体能力が高いから、ちょっとした段差でも転ばないし、ぶつかっても動じない(笑)。ヘルパーさんにとってはむしろ安心してサポートできる相手なんじゃないかと思っています。

合理的配慮の提供「まだ追いついていない」
─葭原さんは他の事業所の同行援護サービスを利用されていた経験があります。比較すると、みつきの魅力はどこにあると感じますか?
まず、若くてスポーツを楽しんでいるヘルパーさんが多いこと。高齢のヘルパーさんだと「自分にはちょっと……」となるような競技やレジャーの依頼でも、みつきなら応えられる人が多くいる安心感があります。
みつきは開設当初から、スポーツをする視覚障害者のサポートに力を入れていて、大学生など若い人への働きかけを積極的にやってきました。私は大学の非常勤講師もしているのですが、学生にはガイドヘルパーのアルバイトを勧めていて、「社会勉強になるし、就職活動では履歴書に書けるよ」と伝えています。
ふたつめに、自社開発のアプリ「おでかけくん」があること。外出したいときに、スマホ一つで気軽に依頼できるのが本当に助かっています。同行援護のサービスは、もともとすごくアナログだったんです。ガイドをお願いしたいときは、前月の20日までに電話して依頼する必要があったり、ガイドが終わったら紙に判子を押さなければならなかったり……煩雑な手続きが当たり前でした。
それがみつきが開発した「おでかけくん」のおかげで、スマホで完結するようになりました。当日の急な依頼にも対応してもらえて、行動の幅が一気に広がっています。
─葭原さんは利用者としてだけではなく、スタッフとしてもみつきに関わっています。それはどんな経緯だったんですか?
みつきを立ち上げる前から代表の高橋さんとは知り合いでした。彼はブラインドサッカーのゴールキーパーをしていて、日本代表の合宿で一緒になったのが出会いのきっかけです。
そこでいろいろ話すうちに「スポーツに強みのある同行援護事業所って面白いよね」という構想が生まれて、2年ほど同行援護事業立ち上げの相談に乗っていました。開業当時、私は他社に勤めていたので顧問というかたちで関わっていて、昨年末からはスタッフとして参加しています。

─これからみつきで実現したいことはありますか?
去年立ち上げた「みつきランニングクラブ」が、ひとつの形になりつつあります。視覚障害者がスポーツを始めるなら、まずジョギングやウォーキングが入りやすい。一方で、ヘルパーさんの中にも「学生時代は陸上部だったけど今はひとりで走る気にはなれない」という人がいると気づいて、一緒に活動できればいいなと思いスタートしたんです。
毎月第2日曜日に代々木公園のランニングサークル「アキレス・インターナショナル・ジャパン」に合流して、みつきのビブス(ゼッケン)を着て走っています。そこでみつきを知ってもらって、新しいヘルパーや利用者にも来てくれたら嬉しいです。
もうひとつ、視覚障害者がスポーツジムを使おうとすると「付き添いを連れてきてください」と断られることが今もたくさんあることを課題に思っています。みつきでは、そのような当事者の声を聞いているので、メディアでの発信などを通してその壁をなくせないかと、動き始めているところです。
─ジムを利用できないことがあるというのは初めて知りました。
僕も近所のジムで断られました。家族にお願いしようにも、家族にも予定がありますから嫌がられるし、なにより家族も会員にならなければいけないのでお金がかかります。障害者差別解消法で民間企業でも合理的配慮の提供が義務付けられているのですが、まだ追いついていないと感じます。
例えば、もしジムと同行援護事業所が連携できて、ガイドヘルパーが派遣されるようになれば、活動の幅が広がる視覚障害者はたくさんいると思います。
─最後に、スポーツを始めたいけど一歩を踏み出せない方、同行援護をまだ使ったことがない方へひと言伝えるとしたら?
視覚障害者のなかには、勇気が出ずにいろいろなことを諦めてしまう人も多いと思います。乃木坂ナイツでは、誰かが「やってみたい」と言えば、一緒にチャレンジして、一緒に楽しむ。そうやって背中を押しています。
スポーツに限らず、外に出るきっかけは、ちょっとした背中の一押しだと思います。合わなければその時点でやめればいい。「やってみるとワクワクするよ」と声をかけたいですね。
取材・執筆:白石果林
記事内写真撮影:Spotlite(※注釈のあるものを除く)
編集協力:株式会社ペリュトン