今回お話を聞かせてくれたのはNPO法人視覚障がい者支援協会・ひかりの森 理事長の松田和子さんです。
事故で全盲になられたことをきっかけに、視覚障害者や家族が集まれる拠点を立ち上げ、地域に根ざした幅広い事業を展開する松田さんの思いをお伝えします。
略歴
1944年福岡県生まれ。網膜色素変性症を発症し、ロービジョンの状態で生活していたが、転落事故で全盲になる。2005年に視覚障害者のためのデイケア施設「ひかりの森」を設立。2009年にはNPO法人の法人格を取得。ピアカウンセリングや相談支援の他、小学校での講演活動なども行う。
インタビュー
全てのことは手がやっている。
ー見え方や病気のことについて、教えてください。
今の見え方は全盲です。もともと網膜色素変性症でロービジョンだったのですが、50代の時、家の前の工事現場に転落してくも膜下出血になったことが原因で全盲になりました。
ーそうだったのですか、急な事故が原因だったのですね。それまで視覚障害に関する訓練などは受けられていたのですか?
21歳で網膜色素変性症の診断を受けてから、いずれは失明する病気だと言われたので、都内の視覚障害者のための福祉施設や訓練施設に見学に行きました。ただ本格的な訓練は受けていません。視力も視野も残っていたので白杖は使わずに普通に生活していました。だから事故で全盲になった時は『人に迷惑をかけるくらいなら』と自殺まで考えました。
ー何か立ち直るきっかけはあったのですか?
私が家で引きこもっていると、近所の人が訪ねてきて詩集や文庫本の読み聞かせをしてくれたのです。それがきっかけになり、社会福祉協議会から情報を得て、図書館で活動する朗読ボランティアの読み聞かせにも参加するようになりました。今まで目から得ていた情報がなくなり、美しい色や風景を忘れてしまうことが苦しかったのですが、本を読んでもらうことで言葉の力に気づきました。
ーボランティアの方との出会いがきっかけだったのですね。
はい、ボランティアの方にお礼を言うと、毎回「いいのよ。自分たちも詩や本が読めるチャンスがいただけてありがたいから」と言って頂きました。
その時、見えなくて困ることは誰かを頼っていい、それで自分が元気になることが皆さんのためにもなっていると思えるようになりました。
ーそこから活動につながるエネルギーが湧いてこられたのでしょうか。
そうですね。まずは家族が仕事に出るので家事をしなければいけませんでした。不安はありましたが、いざ料理や洗濯をしてみると意外とできました。
包丁の操作などを体が覚えていて、見えなくても全てのことは手がやっているということに気付いて、嬉しくなりました。そして、他の視覚障害者はどうしているのだろう、自分の経験をお知らせしなければという思いが湧いてきました。
視覚障害者の駆け込み寺に
ーどのようなことを始められたのですか?
役所の福祉課で、視覚障害者が集まる場所を作りたいというお話をすると「視覚障害者の会や他の障害者が集まる施設はあるから、そこに行ってください」と言われました。色々参加したのですが、私がイメージするものとは違いました。
そんな時、保健所で話をした保健師さんが「精神疾患のフォーラムがあるから、そこで視覚障害者に関することを一緒にやりましょう」と声をかけてくれ、ロービジョンケアに取り組む眼科医や視能訓練士に講演をしてもらうことができました。
ーそこから少しずつ活動が広がっていったのですか?
朗読ボランティアの方の協力もあり、2001年に『ロービジョン友の会・アリス』を立ち上げて、公共施設を拠点とした視覚障害者や家族が集まれる場を作りました。
そして、2005年に視覚障害者のためのデイケア施設『ひかりの森』を設立しました。最初、利用者は10人でしたが、今は68名の視覚障害者が登録してくれています。
ー松田さんの思いが形になったのですね。ひかりの森で大切にしていることは何ですか?
『視覚障害があっても、できることを探求してく』ことをモットーにしています。急に見えなくなってどうすればいいか分からない視覚障害者の駆け込み寺のような存在になりたいと思っています。
また、活動拠点を持っているので地域の視覚障害者が集まってこれますし、街中で視覚障害者を見かけた人に視覚障害者のことを知ってもらえます。このように地域福祉の担い手の1つになればいいなと思っています。
ーこれから新しく取り組みたいことはありますか?
同行援護や就労継続支援B型の事業所も開設したいと思っています。さらに、企業の社会貢献を行う部署と連携して、商品開発のモニターや調査にも協力したいですね。視覚障害者の方は、視覚以外の感覚に敏感なので、活かせることは多いと思っています。
障害のある人を友だちの一人に加えてほしい
ーひかりの森を始められて、松田さんの中で変化はありましたか?
利用者の皆さんや職員へのありがとうという感謝の気持ちと助け合う気持ちが、私の生命力になっています。家族や友人から得られるものとは別の力です。
これは見えなくなって初めて気が付きました。事故で突然失明しましたが、今が1番豊かに面白く暮らしています。
ーこれまで松田さんにお話をお伺いする中で人とのつながりを何度も感じました。
そうですね。保健所で声をかけてくれた保健師さんは、NPO法人の副理事長をやっていただいています。今、ひかりの森で経理を担当している方は、事故で入院していた病院で知り合った方です。さらに、朗読ボランティアの方とは、語り部の勉強会に一緒に通って私もボランティアとして活動するまでになりました。
今の活動は、自分1人ではできなかったことばかりです。ターニングポイントで出会った人が今も活動に携わってくれていて、本当に人には恵まれてきたなと思います。
ーこの記事を読んでいる晴眼者に伝えたいメッセージはありますか?
道路も駅もお店も共有の場所ですから、困っている人を見かけたら互いに気遣いをしてもらると嬉しいです。あなたの一言が命を救うことがありますし、あなたの一言が安全で嬉しい1日にしてくれます。声をかけていただくだけで、ブルーな気持ちがあっという間にピンクになるくらい変化するときもあります。だから、声をかけようと思ったときの心の声をそのまま言葉に出してください。できることなら、障害のある人を友だちの一人に加えてほしいです。そこから意外な何かが始まりますから。
NPO法人 視覚障がい者支援協会・ひかりの森 とは
埼玉県越谷市を拠点に活動する視覚障害者による視覚障害者のためのNPO法人です。
地域活動支援センター ひかりの森の運営を始め、様々な活動を通して視覚障害者の社会参加や公共の福祉に寄与しています。
事業内容
1.「地域活動支援センターひかりの森」の運営
2.「相談支援事業所」の運営
3.セミナー、イベント(フェア、コンサート)の開催
4.ボランティアや実習生の育成事業
5.地域貢献活動(出前講座、ボランティア活動)
6.啓発事業(DVD「あるっく」による啓発、研修)
7.点字名刺の制作(当事者による生産活動)
下記は、啓発事業の中にあるDVD「あるっく」のプロモーション映像です。
見えにくい高齢者への介助の仕方が学べる日本で初めてのDVDです。
購入希望・お問い合わせは、ひかりの森 HPから。
地域活動支援センターひかりの森をご紹介
月曜日から金曜日まで曜日ごとに、様々な視覚障害者の自立支援プログラムが行われています。
この日は、点字名刺の印刷や木工制作、音声パソコンの講習などが行わてていました。
活動の一部をご紹介します。
点字名刺の制作
晴眼のボランティアスタッフがピンを刺して、印刷板を作ります。
視覚障害の利用者が1枚ずつ専用の機械に名刺を通すと、点字が刻印されます。
ご依頼・お問い合わせは、点字名刺加工 ひかりの森ワーカーズ HPから。
木工制作
ひかりの森の特徴的な活動の一つが木工制作です。
リハビリテーションの一環としてマグネットやメモ立て、スマホ立てを制作し、販売しています。
音声パソコン講習
ネットショッピングをしたりメールをしたり、それぞれの要望に合わせてボランティアスタッフと職員が対応してくれます。
利用頻度や期間は、面談を経て個別に決まるそうです。
まとめ
ひかりの森は、事務スペースやメインテーブル、点字名刺の作業場や面談室などが1フロアにまとまっており、一体感を感じる場所でした。
視覚障害当事者が作る視覚障害者のための地域の拠点は、全国でも珍しいと思います。
松田さんの言葉にはリアリティがあり、人生の一部を追体験しているような気持ちになりました。
人の出会いから生まれた地域の拠点で、これからどんな新しいつながりができるのでしょうか。
皆様、ぜひ一度足を運んでみてください。
お問い合わせ
電話・FAX:048-962-9888(月曜~金曜 10:00~17:00)