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ストーリー

「ライブに行きたいという気持ちが色んな葛藤を超えました」小林直美さん

笑顔でインタビューに答える小林さん

東京都内で、「テープ起こし専門」ブラインドライターズの一員として働く小林直美さん。福山雅治の大ファンで休日には1人でライブに出かけることもよくあるそうです。
一般企業での勤務を経て今の働き方に出会うまでの経緯や行動力の源を伺いました。

略歴

東京都出身。販売員や花屋での検品などの仕事を経て、東京視覚障害者生活支援センターでパソコン訓練を行う。一般企業で勤務した後、ブラインドライターズの仕事を始める。現在は、家事と両立しながら在宅で働いている。

インタビュー

障害者雇用の存在を知らなかった

ー目の見え方や病気のことを教えてください。
病名は先天性緑内障です。病気のことがわかったのは小学校5年生の視力検査です。そのときすでに左目は下半分が見えていませんでした。でも、右目は普通に見えていたので、自転車にも乗っていました。
そのあと、20歳のころから右目にも中心暗点が出てきました。今は視野の周辺で見えている部分があるので移動は案外できるのですが、文字を読むのは難しいという見え方です。

ー見えにくさが徐々に進行してきたのですね。
そうですね。専門学校の2年生の時、卒業に関わる実習のために手術を遅らせたので、かなり進行しました。それからも少しずつ進行してきました。
もし、ずっと普通に見えていて急に今の見え方になったら、同じようには動けないと思います。少しづつ見えにくくなってきたから、残っている視機能をうまく使えているのかもしれません。

ー専門学校を卒業後は、どのようなお仕事をされていたのですか?
父親が経営する会社で事務をしていたのですが、10年程経った頃に会社を閉じました。それからは、お店の販売員や花屋で検品をする仕事をしていました。障害者手帳は持っていたのですが、タウンワークなどで求人を見て応募し、一般枠として働いていました。

ー障害者雇用ではなかったのですね。
はい、当時は障害者雇用の存在を知りませんでした。自分の見えにくさはルーペで補ったり、会社の中で理解してもらうものだと思っていました。
そんな時、母が市報で視覚障害者向けのパソコン教室を見つけてくれたのです。視覚障害者がパソコンを使える訳がないと思っていたので、驚きました。
教室の先生に「これから音声パソコンを使って仕事をしたいのなら、新宿の東京視覚障害者生活支援センターに通うといいですよ」と紹介してもらい、約半年間訓練を受けました。そのあと、初めて障害者雇用で一般企業に就職しました。

せっかくならかっこいい方がいい

白杖を使って歩く小林さん
白杖を使って見えない部分を補っている

ーパソコンの訓練をして、どのような変化がありましたか?
パソコン教室に一人で歩いて来る視覚障害者を見た時に「かっこいいな」と思ったのです。白杖を持っていないと、何でも足で確認して恐る恐る歩いてしまいます。
全盲の先生も「白杖を持ったらどうですか?全盲じゃなくても、周りに知ってもらうための杖もあるから」と教えてくれました。それまでは自分くらい見えている人は白杖を持たないものだと思っていたのですが、その言葉を聞き、白杖を持つことにしました。
白杖を持つ前はお店でルーペを使って値札を見ていると、怪しい行動をしていると思われているという被害妄想のような気持ちがあったのですが、白杖を持ってからは周りの目が気にならなくなりました。

ー障害者雇用として就職された会社はいかがでしたか?
規模が大きな会社で、人事異動がたくさんありました。ようやく慣れたころ、場所や上司がコロコロ変わるのです。仕事内容はある程度同じなのですが、オフィスの場所を毎回覚えるのが大変で、長くは続きませんでした。

ーそれからブラインドライターズの仕事を始められたのですか?
はい、会社を辞めたあと母が急に亡くなり、家のことと通勤での仕事を両立することは、私には難しいと判断しました。ハローワークに行きましたが、在宅の仕事はありませんでした。
どうしようかと悩んでいるとき、既にブラインドライターとして活躍していた松田さんから「新人ライター募集」というメールが転送されてきたのです。
松田さんは東京視覚障害者生活支援センターで訓練を受けた時の同級生で、以前、私がブラインドライターの記事を見た時にメールしていたのを覚えてくれていたのだと思います。

ブラインドライターズという仕事

家の中でパソコンを操作する小林さん

ー現在のお仕事内容や働き方を教えてください?
ブラインドライターズとは、音声データを文字起こしする専門集団です。ライターは全員視覚障害者で、校正は晴眼者が担当します。
1日にどのくらいの長さの音声を起こすかというノルマを決め、自分で作業スケジュールを立てて作業をしています。締切に間に合えばいいので、自分の空いた時間に作業しています。仕事のやり取りは全てネットで行うため、どこかへ出向く必要はありません。メンバーの中には会ったことのない人もいます。

ーブラインドライターズのメリットは何でしょうか?
まず、在宅でできることです。移動が苦手な視覚障害者には適している仕事だと思います。また、会社からのノルマもありません。私は家事と両立しながら専業で行っていますし、他のメンバーは別の仕事を持っていて副業として行っています。それぞれの事情に合わせた自分なりの働き方ができるのもメリットです。
メンバーに視覚障害者が多いので、音声操作やPCソフトなどの相談がすぐにできるのもブラインドライターズならではだと思います。

ー小林さんが感じるブラインドライターズの魅力は何ですか?
文字起こしをする中で色んな話が聞けることです。取材や会議の議事録など内容は様々ですが、いつも必ず世に出る前の最新情報を聞けますから。ブラインドライターズをしてなかったら一生知ることのなかったであろう話もたくさんありました。
特に面白いと感じるのは、社長さんのインタビューです。若くして起業した人やお父さんの会社を継いだ人などの話を聞くと「こういう考え方もあるのか」と勉強になりますね。もちろん、守秘義務があるので口外はしませんよ。

好きなことを見つける

桜坂の橋の上で祈念撮影をする小林さん
福山雅治の名曲「桜坂」のモデルになった場所で記念撮影

ー小林さんは、福山雅治さんの大ファンなのですよね。
はい、大好きです。10年くらい前にたまたま歌番組で歌っている姿を見てファンになりました。ライブにもどんどん行きます。福山さんが近くに来て、姿が見えた時の感動や生の歌声は最高です。
1人で行くことが多いのですが、隣の席の人に「目が悪いから、ましゃ(福山雅治のこと)が近くに来たら教えてください」と言うと教えてくれるので楽しめています。

ーその行動力を支えている源は何でしょうか?
「ライブに行きたい」という気持ちです。見えにくさが進行して、一人でライブに行けなくなった時があったのですが、ある人から「電車の乗り降りは駅員さんに頼めるし、席は会場のスタッフが案内してくれる」という話を聞いたのです。「だったら一人で行けるじゃん」と思いました。
それまでは家族や友達の都合に合わせなければいけないのがストレスだったのです。初めて一人で行ったライブは大阪だったのですが、何とかなりました。無人のところに行く訳でもないし、日本語も通じますからね。
「ライブに行きたい」という気持ちが色んな葛藤を超えました。
どうしてもやりたいことが見つかったから、不安な気持ちもすべて忘れて自然に行動できるようになったのかなと思います。

ーこれからの目標や新しく取り組みたいことはありますか?
夢はいつか福山さんのインタビューを文字起こしすることです。
ただ、最近は様々な技術が発展して、ブラインドライターズの仕事もあと何年続くか分かりません。だから、テープ起こし以外の仕事ももっと広げたいなと思っています。例えば、バリアフリー検証です。商品やデザイン、建築物が視覚障害者に使いやすいシステムになっているかの検証を行います。視覚障害だからできるということを見つけたいという発想です。
今の世の中のいろいろなものが、ロービジョンの人にももっと使いやすいものになったらいいなと思っています。
コントラストが低い黄色以外の点字ブロックが敷設されているのは、視覚障害者は見えないから色は関係ないと思われているからですよね。視覚障害の中でも、特にロービジョン者の目線でできることを始めたいです。

灰色のタイルの上に銀色の点字ブロックが敷設されている画像
地面と同じ色の点字ブロックはロービジョンの人には見えにくい。

ー視覚障害で悩んでいる人に伝えたいことはありますか?
好きなこと、楽しいことを見つけてほしいと思います。
それをきっかけにできることが少しずつ増えていくということがあると思うので、テレビやラジオ、インターネットなどで、いろんな情報に触れてほしいです。頑張って前を向こうとしなくても、いろんな情報を知ることでいつかそのきっかけは自然に見つかると思います。
私は視覚障害に限らず、障害のことを理解してもらうのは難しいと思っています。「こういう人がいるんだね」ということを知ってもらえるだけで十分ではないでしょうか。そのためにも、どんどん視覚障害者が外に出ることが障害周知になると思うので、自分なりの外出するきっかけを見つけてほしいですね。

ー街中ですれ違う人たちに伝えたいメッセージがあれば教えてください。
「遠慮しないで声をかけてもらって大丈夫です」と伝えたいです。
SNSで「白杖を持っている人が歩いていたけど、何と声かけていいか分からないから見送ってしまった」という投稿を見ることがあります。
サポート方法が分からなければその場で視覚障害者に聞いてもらえるとお答えします。この前は、声をかけてくれた後に「私、どうしたらいいですか?」と聞いてくれた方がいました。
視覚障害者も見え方や考え方は様々です。基本はあっても必ず当てはまる訳ではないので、本人に聞きながらサポートしてもらえるとありがたいですね。

リンク

「テープ起こし専門」ブラインドライターズ Webサイト

小林直美さんのブログ smile and thanks

この記事を書いたライター

Spotlite編集部

Spotlite編集部は、編集長で歩行訓練士の高橋を中心に、視覚障害当事者、同行援護従業者、障害福祉やマイノリティの分野に精通しているライター・編集者などが協力して運営しています。

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