新型コロナウイルスの感染拡大を受け、リモートワークが増えた2020年頃。地方都市への移住を考える人も少なくありませんでした。移住特集の記事を読みながら、「視覚障害のある私にはない選択肢だ」と複雑な思いを抱いたものでした。私が視覚障害者“だから”地方には住めないと判断した理由には社会の構造も大きく関係しています。
運転できない=移動の自由がない生活?
視覚障害者と移動の自由といえば、真っ先に運転免許の問題を思い浮かべることでしょう。
運転免許にはいくつか種類がありますが、生活で車を運転する場合に必要な普通免許を例に見ていきます。普通免許の視力基準は両眼で0.7以上、かつ、一眼がそれぞれ0.3以上、又は一眼の視力が0.3に満たない、もしくは一眼が見えない方については、他眼の視力が0.7以上でかつ、視野が150度以上とされています。
一方、身体障害者手帳制度では以下の基準を満たせば視覚障害と認定されます。
- 視野:両眼による視野が2分の1以上欠損または両眼中心視野角度56度以下(5級)
- 視力:視力の良い方の眼の視力が0.3以上0.6以下かつ他方の眼の視力が0.02以下のもの(6級)
これらを踏まえると、視覚障害で身体障害者手帳を取得できる人は普通免許取得は不可能といえます。ただ、日本の障害認定基準は諸外国に比べて非常に厳しいため、身体障害者手帳を取得できない程度の視覚障害があるが、普通免許も取得できない人々も存在します。
公共交通機関の充実した都市部に住んでいると実感がわきにくいのですが、福岡や札幌のような大きな都市でも、交通アクセスが不十分で移動の自由があるとはいえない地域もあります。都市から一歩出れば車がないと自由に移動できない状況があるのです。
運転できるパートナーや友人と住んだり、家族に運転してもらったりして暮らす手段もありますが、パートナーや友人にも都合はありますし、家族の中でも、特に親は自分より先に老いていき運転も難しくなっていきます。買い物のサポートなどの支援もあるとはいえ、視覚障害者の地方暮らしは移動の制限と無関係には語れないものなのです。
地方では急速に過疎化が進み、鉄道の廃線やバスの本数の減少も深刻です。近いうちに自動運転が普及するとしても、現時点での暮らしにくさは否定できません。

都市部を離れると医療アクセスの問題も
視覚障害者が地方に住めない理由は運転だけではありません。指定難病に由来する視覚障害であれば、難病指定医療機関を定期的に受診する必要があります。難病指定医療機関は案外多いのですが、どこでも自分の疾患を診てもらえるとは限りません。さらに、疾患によっては複数の診療科を受診するケースもあります。
それゆえに視覚障害者はある程度の規模があり専門性の高い病院を受診する必要が生じます。そうすると、通院先は大学病院をはじめとして、多くの診療科や専門外来を開設している大きな病院になりやすいのです。
公共交通機関と同じく、医療アクセスも地方に行けば行くほど悪化していきます。通院頻度は疾患や症状の進行で異なりますが、通院のたびに数時間かけなければならなくなると、生活にも仕事にも支障が出てきてしまいます。指定難病の患者にとって、かかりつけの医療機関が遠いことは緊急時の対応が遅れるリスクでもあります。緊急時の医療対応は命や後遺症の重さを左右する大切なものです。
このような事実から視覚障害者の地方移住は、実質”叶わぬ夢”なのです。
手薄な居住への支援
視覚障害者だからこそ地方に住めず、条件は多少違っていてもある程度の規模の都市部に住まなければなりません。しかし、都市部、それも交通アクセスや医療アクセスの充実している地域は地方よりも家賃や物価が高くなってしまいます。また、視覚障害を理由に賃貸の入居を断られるケースもあります。
借りられないならと家を購入しようにも、障害者の平均収入は一般の労働者よりも低くなっています。厚生労働省の令和5年度障害者雇用実態調査によると、令和5年5月の身体障害者の平均月収は23万5千円となっています。一方、国税庁の「令和5年分民間給与実態統計調査」では一年継続して勤務した給与所得者の平均年収は460万円で、単純計算で月収に直すと約38万円です。自治体によっては、バリアフリー改築支援などの助成金があるものの、家の購入は自己資金で行うしかありません。
公営住宅の抽選では障害者のいる世帯の当選確率を上げるなど優遇措置はあるものの、公営住宅そのものの数が少ない、老朽化しているなどの問題があります。UR都市機構でも障害者割引が用意されていますが、不十分さは否めません。障害者グループホームは基本的に単身者の入居を前提にしており、家族や友人と暮らしたい人、完全に一人暮らしをしたい人は支援からこぼれおちてしまうのです。

完全な居住の自由は実現できないとしても……
日本国憲法第22条に「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」とある通り、視覚障害者の居住の自由は現状よりも強固に保障されるべきであり、居住に制限があるならばそこへの補償が行われなければなりません。しかし、人口減少が止まらない地方の公共交通や医療アクセスを改善するのは限界があります。
国土交通省では住宅セーフティネット法に基づき、住宅確保要配慮者の入居を拒まない賃貸住宅をセーフティネット住宅として貸主に登録してもらい、セーフティネット住宅情報提供システム(外部リンク)を公開しています。
以下のような人を住宅確保要配慮者としています。
参考PDF:住宅確保要配慮者の範囲|国土交通省 (外部リンク)
- 低額所得者(月収15.8万円(収入分位25%)以下)
- 被災者
- 高齢者
- 障害者(身体障害者、知的障害者、精神障害者、その他障害者)
- 高校生までの子を育てている者
- 外国人(中国残留邦人等含む)
- 児童虐待を受けた者
- ハンセン病療養所入所者等
- DV被害者
- 帰国被害者等
- 犯罪被害者等
- 生活困窮者
- 保護観察対象者等
- 国土交通大臣が指定する災害の被災者
- 都道府県又は市区町村の供給促進計画において定められた者(自治体によりますがLGBTやUIターンの方などが含まれることも)
とはいえ、まだまだセーフティネット住宅に登録されている物件数が十分とは言い難い状況です。障害があっても暮らしやすい公営住宅の増設/バリアフリー改築や購入補助、生活形態を規定しない公的な家賃補助、また地方に住んでいて持続可能な生活が困難と見こまれる障害者の移住支援などが必要です。

人口減少が進むなか、完全な居住の自由を保障することは現実的に不可能でしょう。しかし、実際に生じている居住の制限を理解し補填する支援を行っていくことはできるはずです。地方での暮らしを望む人を無理やり都市部に連れて行くことは人権侵害ですが、地方での暮らしに困難があり都市部の暮らしを望んでいる人を支援するのは必要な居住支援です。
どこに住んでいても、視覚障害者も深夜に突然思い立って一人でラーメンを食べに行けるのが本当の移動の自由と私は思っています。突然の深夜ラーメンを実現できる環境に望めば身を置ける社会を作っていくのが妥当な落としどころかもしれません。
記事内写真撮影:Spotlite
編集協力:株式会社ペリュトン