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施設・サービス

ANAのUniversal MaaSで誰もが移動をあきらめない世界へ

ANAのロゴの前で大澤さんが笑顔で立っている画像。
記事内写真撮影:Spotlite


全日本空輸株式会社(以下、ANA)が取り組む Universal MaaS(ユニバーサルマース)。

障害者や高齢者など、何らかの理由により移動をためらってしまっている方々「移動躊躇層」向けのサービスを通して、誰もが移動をあきらめない世界の実現を目指しています。

ANA 企画室 MaaS推進部の石井祐司(いしいゆうじ)担当部長、
大澤信陽(おおさわのぶあき)マネージャー、
黒岩愛(くろいわあい)さんにUniversal MaaSができた経緯や具体的なサービス内容をお聞きしました。

Universal MaaSとは

MaaS(マース)とは、“Mobility as a Service”の略。出発地から目的地までの移動ニーズに対して最適な移動手段をシームレスに一つのアプリで提供するなど、移動を単なる手段としてではなく、利用者にとっての一元的なサービスとして捉える概念。

国土交通省HPより引用

MaaSは、2014年にフィンランドで生まれたとされています。翌2015年、首都ヘルシンキのMaaS Global社がスマートフォン向けのアプリ「Whim(ウィム)」を発表しました。

日本では、国土交通省が先行モデル事業を選定したり、民間の交通事業者が実証実験を行ったりするなど、社会実装に向けた取り組みが盛んに行われています。

そんな中、ANAが提唱するのが「誰もが移動をあきらめない世界」を目指すUniversal MaaS(ユニバーサルマース)です。

Universal MaaSとは、障がい者、高齢者や訪日外国人など、何らかの理由で移動にためらいのあるお客さまが快適にストレスなく移動を楽しめる移動サービスです。公共交通機関の運賃、運航・運行状況、バリアフリー乗り継ぎルートなどの情報をお客さまに提供するとともに、お客さまのリアルタイムな位置情報やお客さまが必要とする介助の内容を交通事業者、自治体、大学が共有し連携することにより、シームレスな移動体験を実現します。

全日空空輸株式会社共同プレスリリースより引用

YouTube動画

ANA Global Channelで、Universal MaaSの概要が分かりやすくまとめられています。

インタビュー

企画室 MaaS推進部の大澤さんを中心に、石井さん、黒岩さんにお話を伺いました。

ーUniversal MaaSができた経緯について教えてください。
数年前、私の子どもが生まれた際、岡山に住む祖母(当時91歳)が「ひ孫に会いたいけど、(車いすや杖を利用した移動が大変なので)迷惑をかけたくない」と上京をためらっていました。そこで、「最近は、移動時の介助サービスも充実しているから思い切って来てよ」と背中を押して、ひ孫との対面が実現しました。満面の笑みで「生きていて良かった」と喜ぶ祖母を見て、「リアルに勝るものはない。この喜びを他のお客さまにも味わってもらいたい」と思ったことがきっかけです。


ー大澤さんの実体験が元になって、誰もが移動をあきらめない社会を目指すUniversal MaaSが始まったのですね。
世の中は、いわゆる健常者目線でサービスが構築されており、そこから溢れてしまっている方々が不便を感じています。しかし、不便を感じている方々の目線で考えれば、実は、健常者にとっても有益なものになります。
バリアフリーの環境を作ると、そのバリアの対象者にとっては便利になりますが、他の方々にとって不便になる可能性があります。そのため、最終的な形としては、ユニバーサルデザインのMaaS、つまりUniversal MaaSの実現を目指しています。


ー具体的な内容について教えてください。

お客さまとサービス提供者(事業者)の双方が連携すれば両者とも幸せになれるという考えのもと、移動したくても移動をためらっている「移動躊躇層」向けのサービスを開発しています。具体的には、データ、モビリティ、バリアフリー、モチベーションの4つを出発地から目的地まで連携させることを目指しています。

1つ目のデータとは、お客さまと各事業者間で情報を共有することです。
現在、障害者が外出する際には、事前に各事業者に対して障害者自身が連絡して、利用可能かどうかを確認します。また当日、移動時に何らかのハプニングが発生した場合、自ら各事業者に連絡して状況を説明し、対処してもらう必要があります。
そこで昨年度、お客さま役の方々の位置情報や特性情報を、出発地から目的地まで利用予定の事業者に共有するアプリを作り、実証実験を行いました。

2つめのモビリティとは、出発地から目的地までを最適な移動手段で繋げることです。その中で一番課題となるのは、自律的歩行が必要な短距離移動シーンです。具体的には、出発地から最寄りのバス停や駅までのファーストマイル、駅や港、空港内などのミドルマイル、最終目的地の最寄りのバス停や駅から最終目的地までのラストマイルの移動手段の不足です。
去年、実証実験で協力してくださった方の一人が右半身不随の方でした。既存の車いすを漕ぐことができず、杖でも限界がありました。しかし、片足でこげる車いすを使うことで、自律的な移動を得ることができました。様々な障害者が、自分に合った移動手段に出会える場を作りたいです。

次に、3つ目のバリアフリーです。施設のバリアフリーは大切ですが、お金も時間もかかります。世界を見渡すと、設備は整っていなくても、心のバリアフリーが充実しており、支援の方法が分からなくても話しかけてくれる方々がたくさんいらっしゃいます。そのような国々を見習っていくのも大切です。
さらに、ルールのバリアもあります。例えば、「車いすを押す人は研修を受けなければならない」という決まりがあった場合、有事の際であっても研修を受けている係員がいないと助けられない、という事態になりかねません。実際にはそうならないと信じたいですが、環境や状況に合わせた最適なルール作りなど、何らかの対策が必要だと思っています。

4つ目が最も重要なモチベーションです。
幼少のころから障害者が身近にいれば、日常生活の中で自然に関わり方を学ぶことができます。しかしそうでない場合、社会に出てはじめて、街でとある障害者と出会った際に、どのように接したらいいか分からないという方々が多いと思います。
そこで個人的にFacebookで「Universal MaaS Community」というページを作り、配下に各テーマに沿ったグループを複数設けて、当事者や技術者、交通事業者をはじめとしたサービス提供者等が交流する場を運営しています。言わば社会の縮図のようなコミュニティを目指しており、相互理解が深まればと思っています。相互理解は、お互いが友達のように言い合える仲になって、初めてできるものだと思います。アンケートや研修も大切ですが、それだけでは分からないこともあると理解した上で、心のバリアフリーのきっかけにもなって欲しいです。

大澤さんが真剣な表情でインタビューに答える画像。
企画室 MaaS推進部 大澤信陽さん(記事内写真撮影:高橋昌希)

ーなぜ、航空会社のANAが移動全般に関わるUniversal MaaSを行うのでしょうか?
まずは空港にお越しいただかないと飛行機にお乗りいただけませんので、出発空港までのご不便、そして到着空港から先のご不便を解消したいという思いがあります。MaaSは、もともと陸上交通が中心でしたが、非日常や長距離の移動を考える際には航空移動の存在も無視できません。
さらに、航空会社はお客さまの希望するサポート情報等を把握しており、移動中にお客さまと接する時間が最も長い交通手段です。その情報を航空会社だけで持っているのはもったいないのです。お客さまに関わるすべての事業者と情報共有することができれば、サービス向上につながるのではないかと考えています。


ー視覚障害者との関わりの中で、印象的だった出来事はありますか?

複数の視覚障害者と私で話をした時に、私の方に障害を感じたことがあります。視覚障害者は話の内容を記憶してどんどん会話が進みますが、私はメモによる視覚情報が中心で、話についていけませんでした。
皆さんは、私とは異なる感覚を使って生活されているので、私にはない能力がたくさんあると感じました。また視覚障害者といっても、皆さん十人十色なので、議論すると毎回新しい発見があってとても楽しいです。


ーUniversal MaaSにおける視覚障害者へのサポートで特に意識されている点は何かありますか?

過去に、車いす利用者、聴覚障害者、視覚障害者など様々な方々と議論する場があったのですが、視覚障害者の方々が強調されていたのが「早い」「安い」「乗り換えが少ない」よりも、とにかく「安全に行きたい」ということでした。晴眼者が普段何気なく利用している施設でも、視覚障害者の方々にとっては常に危険と隣り合わせの状況なのです。そのような視点にたったサポートが重要だと考えています。一方、聴覚障害者はコミュニケーションが図りにくいとの理由から、有事の際に周りの状況を把握するのが難しいと仰っていました。困りごとは人それぞれで違うことを改めて実感しました。よって可能な限り選択肢を多くご用意し、同時にそれらを持続的に運用可能な状態にすることが大事だと思っています。


ーUniversal MaaSの実現を進める中で、新型コロナウイルスの感染拡大はどのような影響がありましたか?
改めて移動という概念や移動産業に関して考え直すきっかけとなりました。すべての人々が「移動躊躇層」になってしまったわけです。だからと言って、直ぐにすべての人を対象者にすると、いわゆる健常者の目線になってしまうので、対象は広げすぎないようにしなければいけないと思っています。一方で、混雑状況を可視化したり、感染者と接触確認できたりするアプリの根本的な考え方はUniversal MaaSと同じなので、これまでの方向性が間違っていないということが確認できました。


ー今後、開発を共に行う可能性がある事業者に伝えたいメッセージがあれば教えてください。
当事者と同じくらい現場の方々に寄り添いたいです。現場を経験しないと分からないことがたくさんあるので、共同開発をしている鉄道会社様には「ぜひ出向させてください」とお話しています(笑)
そのくらいの意気込みで取り組んでいますので、誰もが移動をあきらめない世界の実現に向けて一緒にご協力頂ければ嬉しいです。


ー利用者や家族の皆様に伝えたいメッセージがあれば教えてください。

「サービス提供者とお客さま」という関係ではできることが限られるので、障害者や関わる方々とまずは友達になりたいです。色々な方と議論する中で、様々な価値観をインプットさせていただき、よりよいサービスを提供していきたいと思います。

大澤さん、黒岩さん、石井さんが横並びでインタビューに答えている画像。
(左から)大澤信陽さん、黒岩愛さん、石井祐司さん

最後に

文系出身で、もともとプログラマーやSE、プロジェクトマネージャーの業務をしていたという大澤さん。「親が転勤族だったので変化が好き。毎年、新しい趣味を探すのが趣味です」とお話いただきました。

大澤さんについて同僚の黒岩さんは、
「『年齢や経歴は関係ないからやりたいことは何でも教えて』と言ってくださります。そういう姿勢が周りの皆さんにも伝わっているのだと思います」

さらに上司の石井さんは、
「どれだけ困難や障壁があろうとも『僕の周りにはこれだけ助けなければいけない人がいるから、あきらめるわけにはいかない。乗り越えなければならない』という芯の強さがあります。裏表がなく、職場に戻ってもこのままです」
と、普段の様子を教えてくださりました。

大澤さんの実体験から始まった Universal MaaS で、誰もが移動をあきらめない世界が実現する日が待ち遠しいです。

ANAのロゴの前で、大澤さん、黒岩さん、石井さんが立っている画像。

この記事を書いたライター

高橋昌希

1991年香川県生まれ。広島大学教育学部卒業後、国立障害者リハビリテーションセンター学院修了。視覚障害者のための福祉施設での勤務を経て、ガイドヘルパーの仕事を行う。教員免許(小学校・特別支援学校)を保有。歩行訓練士。Spotlite発起人。

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高橋昌希

1991年香川県生まれ。広島大学教育学部卒業後、国立障害者リハビリテーションセンター学院修了。視覚障害者のための福祉施設での勤務を経て、ガイドヘルパーの仕事を行う。教員免許(小学校・特別支援学校)を保有。歩行訓練士。Spotlite発起人。

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