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コンテナに顔認証。医師2名で運営する大多喜眼科の新しい経営スタイルとは?

コンテナで診療するおおたき眼科の全体を撮影した画像。
記事内写真撮影:Spotlite



コンテナで診察し、医師だけで運営するクリニック「大多喜眼科(おおたきがんか)」

千葉県の房総半島で唯一、ロービジョンケアの専門知識を有する視覚障害者用補装具適合判定医が在籍しています。

1人ひとりに寄り添う個性的な経営方針には、ロービジョンケアに通じるたくさんのヒントがありました。

大多喜眼科とは

のどかな田園風景が広がる千葉県大多喜町で2019年10月に開業。岩崎明美(いわさきあけみ)院長と眞鍋洋一(まなべよういち)事務長兼副院長の2名で運営しています。

特徴

コンテナで診察

日本初、コンテナを使って開業したクリニックです。診察や検査、手術はコンテナの中で行います。

大多喜眼科では「街の人たちが集まれる居場所にしたい」という思いから、コンテナに併設した建物に広めの待合室を作っています。
実際はコンテナ1個の中に待合室やトイレなどを全て含めることができるそうです。

コンテナと建物の接合部分をアップで撮影した画像。
大多喜眼科は、コンテナ1個に建物が併設している
コンテナ内部にある受付と診察室を撮影した画像。
コンテナ内の診察室には、必要な機器が一通り揃っている

顔認証の受付システム

こちらも日本初です。ITに強い眞鍋さんが独自にネットワークを設定し、電子カルテと連携しています。

患者は初診時に顔写真を撮影して登録すると、次回からはカメラに近づくだけで受付できます。
診察券の提示など手間が減るとともに、登録した顔写真と当日の様子を比較できるので、体調の変化にも敏感に気付けるそうです。

受付の顔認証システムの画像。半球状のカメラで顔を撮影する。
独自の顔認証システム

ユニバーサルな院内設備

待合室に座らない場合、患者は入口を入ってすぐに左に回れば、受付から診察を行えます。

移動の導線が最小限で車椅子も通れるため、高齢者や障害者が利用しやすい設計になっています。

待合室側から診察室の入り口を撮影した画像。
診察室の入口は車椅子が通れるように設計している

1人15分の予約制

1日の上限は30人、1人15分の予約制です。

時間に余裕があるので、患者は診察が終わっても次の患者が来るまで近況や趣味など色々なお話をしてくれるそうです。

待合室の画像。木目調の落ち着いた雰囲気になっている。
ゆとりのある待合室

スタッフは0。医師2名だけで運営

受付から診察、支払いまで眞鍋さんと岩崎さんが行います。

1人ひとり、丁寧に対応するので多くの患者を診ることはできませんが、スタッフの人件費がかからないため、成り立つそうです。

香川県で22年間クリニックを経営し、MBA(経営学修士)を持つ眞鍋さんが辿り着いた経営方針です。

コンテナ内で、眞鍋先生が受付に立ち、岩崎先生が患者さんを診察している画像。
診察と受付を2人で分担して行う

インタビュー

岩崎明美さんと眞鍋洋一さんに、コンテナで眼科を始めた経緯や診察中のエピソードなどを伺いました。

診察室の前で眞鍋さんと岩崎さんが並んで笑顔で立っている画像。
眞鍋洋一さん(左)と岩崎明美さん(右)

岩崎明美さん

略歴

1998年群馬大学医学部卒業。その後、深谷赤十字病院、前橋赤十字病院、群馬大学附属病院、宮久保眼科で勤務。専門は、涙道、網膜。

インタビュー

ー眞鍋さんと一緒に開業した思いを聞かせてください。
これまで勤務医として有休も取らず、毎日へとへとになるまで働いてきました。患者さんと楽しくお話しながら仕事がしたいと思っていたのに、疲れすぎて笑えなくなっている自分がいました。今のクリニックでは、1人ひとりに時間を取り、ゆっくりお話することができるようになりました。


ー勤務医時代との大きな違いは何ですか?
今まで、1回の診療に対して患者さんがいくら支払っているか知りませんでした。3割負担の場合、初診では3000円弱の自己負担になります。自分の手でお金を頂くようになったことで、「居酒屋に1回行ったくらい満足してもらえるかな?」と、患者さんに見合ったサービスができているかを考えるようになりました。満足して帰ってもらうために、患者さんのニーズを引き出したい欲求が強くなったと思います。


ー時間に余裕があることで、患者さんのニーズを引き出すことができるのですね。
とある患者さんと、会計後に話をしていると、「夫のことで悩んでいる」と相談を受けました。診察に来ていただくと、旦那さんは眼球が動かせない疾患でした。複視もあるため片目しか使えませんが、身体障害者手帳は取得できず福祉的なサービスが受けられない状況でした。


ーどのように対応したのですか?
視力が0.6程度残っており、書見台を使えば文字が読めるということが分かりました。そこで、自宅の部屋の写真をラインで送っていただき、座る位置や書見台の向き、明かりの位置などを検討しています。この地域では、ロービジョンケアの情報を伝えられるのが私達だけなので、できるだけ個別の相談にも対応しています。


ー診察の域を超えたサポートも行っているのですね。
身体障害者手帳は取れませんが、運転できなくなったり、仕事を失いそうになったりしている方が眼科にはたくさん来られます。そういう視覚障害と境目の患者さんの手助けをしたいなと思います。人に喜ばれることが好きなので、ゆっくりお話を聞きながら丁寧に対応していきたいです。

診察室で岩崎さんが視力測定を行っている画像。
患者はほぼ動かずに眼圧測定と視力検査ができる

眞鍋洋一さん

略歴

1986年埼玉医科大学卒業。1990年埼玉医科大学大学院修了(医学博士)。その後、丸山記念総合病院、畠山眼科、栗原眼科、聖路加国際病院に勤務後、香川県高松市で開業。2014年香川大学大学院地域マネジメント科修了(MBA)。現在、日本白内障屈折矯正手術学会理事。

インタビュー

ーコンテナで眼科を開業したきっかけを教えてください。
以前からキャンピングカーを使用した移動型のクリニックを行いたいと思っていました。しかし、日本では規制があってできなかったので、コンテナで開業しました。一般的に新しく開業するクリニックはお金をかけて大きくすることが多いのですが、私は医師だけで小さく経営する眼科を作りたかったのです。


ーこの場所で開業したのは何か理由があったのですか?
土地のオーナーの息子さんから「この場所で何か面白いことができないか」と相談を受け、一緒に考えていました。そこで、「私たちは眼科医で、この辺りには眼科がない」という話になりました。
隣のお店で食事をしているお客さんの雰囲気が良かったり、スーパーのトイレが綺麗だったので、すぐに開業を決めました。私たち2人ともゆかりのないよそ者ですが、皆さんほどよい距離で接してくれて、暮らしやすいです。


ー医師だけで小さく経営することは、患者さんにとってもメリットが多いと感じました。
病院は本来、非営利の組織でしたので、お金を儲けることばかり考えてはいけません。1日30人であれば、私たちも無理なくゆっくり患者さんのお話を聞くことができます。受付から会計まで医師が対応しているので、会計の時に治療のことを聞かれても大丈夫です。
人間には相性があり、全員と気が合うわけではありませんが、私たち2人のどちらとも合わないという人は少ないはずです。患者さんの様子を見ていると、満足してもらえているのではないかなと思っています。


ーお2人の強みを活かした運営を行っているのですね。
私は、全国の眼科医と繋がりがあるので症状に応じて適切な病院を紹介できます。高松で開業していた時は転勤族が多く、海外の病院を紹介したこともありました。
岩崎先生は、涙道の治療に強いので院内で手術ができる機器もそろえています。それぞれの経験を活かして柔軟に対応できるのは、専門の違う眼科医2人で運営している強みかなと思います。


ー医師だけで運営する上で、課題になっていることはありますか?

保険証の入力作業です。現在は加入している保険によって保険番号を記載している場所が異なるため、手入力で行わなければいけません。
2021年にマイナンバーカードと保険証、銀行口座のひも付けが義務化されます。そうすれば、保険証の入力が自動化できるだけではなく、会計時のお金の受け渡しもいらなくなります。マイナンバーカードとのひも付けが広く普及すれば、医師1名だけで運営することも現実味を帯びてくるはずです。

眞鍋さんが受付で保険証を入力している画像。
受付業務が削減できればさらに効率化する

ーロービジョンケアはいつから行っているのですか?
もともと関心があり、2013年に視覚障害者用補装具適合判定医の研修を受講しました。当時、香川県内で視覚障害者用補装具適合判定医は1~2名しかおらず、開業医では初めて取得しました。香川県網膜色素変性症協会の立ち上げにも参加しました。現在、大多喜眼科でもロービジョン検査が可能です。


ーこれからやりたいことはありますか?

コンテナのクリニックをフランチャイズ展開したいと考えています。機械を含めてパッケージ化すれば、コンテナを設置した翌日から開院できます。
このモデルは、「過疎地域でもできる」ことがポイントです。1人で開業したいという医師が後に続けるように、経営が成り立つことを証明しています。患者さんに喜んでもらい、普通に暮らせる収入があればよいのです。これは、今まで開業医としてがむしゃらに働いてきたからこそ、感じることなのかもしれません。

最後に

1人15分の予約制で会計から受付まで医師が対応する仕組みは、個別のニーズに対応するロービジョンケアに直結していました。

多くの病院で行っているような特定の曜日に枠を設けるだけでなく、経営方針そのものを変えることで自然とロービジョンケアにつながる可能性を感じました。

今後、少子高齢化により過疎地域が増えるからこそ、第2、第3の大多喜眼科が全国に広がればと思います。

おおたき眼科の外観を道路を挟んで撮影した画像。
休日は、ツーリングや鉄道ファンで賑わうそうです

お問い合わせ

大多喜眼科HP(外部リンク)

アクセス

この記事を書いたライター

高橋昌希

1991年香川県生まれ。広島大学教育学部卒業後、国立障害者リハビリテーションセンター学院修了。視覚障害者のための福祉施設での勤務を経て、ガイドヘルパーの仕事を行う。教員免許(小学校・特別支援学校)を保有。歩行訓練士。Spotlite発起人。

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1991年香川県生まれ。広島大学教育学部卒業後、国立障害者リハビリテーションセンター学院修了。視覚障害者のための福祉施設での勤務を経て、ガイドヘルパーの仕事を行う。教員免許(小学校・特別支援学校)を保有。歩行訓練士。Spotlite発起人。

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